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第6章ー5 西の帝国-5
大陸史1418年、花の月・6日。
レイゴット帝国第二皇子・アルフリード一行は、無敵の海軍として名高い帝国第7師団の軍船にいた。
自らも帝国師団の将軍でもあるアルフリードだが、今回は軍人としてではなく、親善大使としてのカルフィン訪問になるため、側近以外の護衛は第7師団が担う事になっている。
「…アルフリード殿下、あと30分程で港町ルフィンに到着いたします。下船のご準備を。」
一人静かに聖剣の手入れをしていたアルフリードに声を掛けたのは、ラーゼル・カーター。
今年で33歳になるラーゼルは、アルフリードが指揮する13師団に所属する男で、185cmを超える長身から繰り出される大剣の威力は、帝国内でも敵に回したくない戦士と言われている。
寡黙ながらも実直・誠実な男で、アルフリードが母と兄以外で気を許せる数少ない者の一人であり、王族ではあるが軍に属する己には騎士は不要だと公言していたアルフリードに、3年間毎日嘆願し続け、根負けした彼から昨年見事、騎士の座を獲得したツワモノでもある。
己の呼びかけに、静かに剣を置いて立ち上がった君主を見ながら、ラーゼルはいよいよだと気を引き締めた。
しかし数々の戦場を主と共にして来たラーゼルにとっても、間もなく到着するカルフィン共和国は初めて訪れる国だと言うだけでなく、レイゴットにはほとんどいない魔術師ばかりの国とあって、いささか緊張気味だ。
しかもこの国には、決して侮ってはならぬと帝国内で何度も聞かされていた世界最高の召喚士、シェルバ・メルケルがいるのである。
そんなラーゼルの心情を正しく理解しているアルフリードは、厳つい顔をさらに厳しくしている家臣を見ると少し笑い、安心させるように告げた。
「…そう緊張するな、ラーゼル。シェルバ殿は最高位の召喚士ではあるが、少なくとも魔物では無く生身の人間だ。…それに私達は親善大使であって、戦いに来た訳ではないのだからな。」
「…御意。」
己の言葉に深く首を垂れたラーゼルを確認すると、アルフリードは6年ぶりに訪れる母校と魔法大国・カルフィン共和国に思いを馳せるのだった。
翌日。
港町で1泊したアルフリードがカルフィン王都に到着した頃。
学杯を3日後に控え、カルフィール魔法学校の雰囲気は常にない緊張感に包まれた物になっていた。
学杯に参加する一部の生徒と、その取り巻きと言える生徒同士の小さな諍いや、高レベルエリアの宝探しに参加するグループ同士の衝突があちらこちらで頻発しているのである。
当然そんな空気の悪い場所にリアを置くことを、過保護な保護者達が許すはずも無く、比較的環境が良いと言える召喚クラスの教室内で行われる授業のみ参加し、それ以外の場所で行われる授業については昨日から自主休講している。
更に言えば、この2日間は寮にも帰らず、リア達は一日中ルピタスがいた水中神殿で過ごしていた。
水中神殿にはメインのオカリナを奉っていた聖堂以外にも、古い書物を集めた書庫兼書斎と、個室が確認できただけでも10室以上あるため、暮らしには何の問題も無い。
最近やっと住み慣れて来た寮を出る事について、心配されたのはリアの心理状況であるが、ライナーが行先をこの神殿だと告げると、不安等は全く感じなかったようだ。
それどころか、広く美しい神殿内を見渡し、
「探検するだけでも1週間くらいは楽しめそうだな」
そう言ったフィランドの言葉に、リアはもちろんエスティも瞳をキラキラさせて、早く行こうとフィランドの腕を両サイドから引っ張り、可愛い2人に挟まれた騎士を赤くさせた一場面もあったくらいだ。
それから二日。
神殿内の探検途中で見つけた、中庭の様にも見える巨大な水中ホールは、色とりどりの美しい魚や、ふわふわと浮かぶ不思議な水中生物達が沢山棲んでおり、リアとエスティを夢中にさせていた。
「…ね、ね、エスティ、…かわい…い、こ、が、…いっぱい、ね///」
「にゃ。それに、お水をふわふわしてて楽しそうニャ!」
そんな2人の傍には、神殿の結界を越えてリア達の所までやってきた青銀に輝く水精霊も何体かおり、楽しそうな2人に挨拶するように次々とやって来る水棲生物について、代わる代わる名前やその生態を教えてくれている。
暫くの間、時折歓声をあげたりピョンピョン飛び上がってみたりと、楽しそうにはしゃぐ2人の様子を見守っていた保護者達であったが、
「リア、エスティ。そろそろ次に行くぞ。」
ライナーの呼びかけに二人は素直に従い、いっぱい遊んでくれた水精霊と水棲生物達にお礼を言うと、保護者達の元へ駆けよった。
そうして自然に手を伸ばしたリアを片手でひょいと抱き上げると、ライナーは更に奥へと足を進めたのだった。
西の帝国-5 END
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