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第6章ー9 西の大国-9

Side:Firando Ipsum<フィランド・イプサム> 「………。」 フィランドは誰からもそれとは気付かれない様、細心の注意をはらいアルフリードを始めとした西の大国からの一行を監視していた。 幸いにもこれまでの所、何の問題もなく視察行程を進められてきたのだが、初級エリアを出てからというものそれが一転、明らかにアルフリードの様子がおかしい。 正確には初級エリアを出る直前から、『心ここにあらず』といった風なのだ。 『…チッ……ったく、面倒な男だ。…一体何を考えていやがる?…まさか何かを感じた、のか?…いや、リアの事はペガサスが全力でガードしている。気付くはずが無い。……なら何だ?』 こうしている今も、彼を取り巻くようにいる学園OB達の華やかな喧噪とは逆に、凛々しい美貌と言って差し支えない容貌の眉間に深い皺を作り、顎に手をあて何かを考えこんでいる様子だ。 そんなアルフリードの様子にOB達はまだ気付いていないが、流石に彼と共に来た側近達は気付いており、さり気なくアルフリードの周りを固め、辺りを警戒している。 何より気に入らないのが、アルフリードに変化があった場所が、己が命よりも大切で何よりも愛しい主のいるエリア内であった事だ。 フィランドが言いようのない危機感とそして不快感に襲われながらも、まずは上手く探りを入れなければ、と表面上は平静を装い誰にも気取られること無く思案しはじめた時、実にスマートに、だがストレートにアルフリードに対して如何する者が現れた。 「殿下、何かお気に触る事などございましたか?何分我らは若輩の身。尊いお方のご接待等初めてことゆえ、至らぬ点が多いとは存じますが…お気になる事がございましたらどうかお申し出くださいませんか?」 『……ルシェ!どんなに変人でも流石は上流貴族!俺は初めてお前を尊敬したぞ!』 フィランドの心の声だ。もちろんフィランドとて貴族の生まれだ。 しかしその容貌は、貴族然として優雅で温厚、という形容詞からは程遠い。 逆にルマーシェ・ビランは、青く澄んだ美しい瞳にスラリと細身の体躯と柔和な表情。 まさしく優雅な王子様然としている。 『…にもかかわらず、砕けた口調と異様なノリの良さから、いい加減な奴だと見られがちなんだが。…そう言えばこんな奴でも国許に帰ればかなりハイレベルのお貴族様だったな。」 リースウェイ王国では知らぬ者はまずいないであろう、ビラン公爵家の長男として家督を継ぐ事が決まっており、既にビラン子爵として社交界にも参加していると聞いた気がする。 そうして、同じような事を考えていたらしいカルラと軽く目配せする。  『…ならばここは頼んだぞ、ルシェ。』 Side:Firando Ipsum END 一方のリア達は。 赤い宝石を見つけたのち、オカリナを出して「ふー、する」と意気込むリアをライナーがなだめている。 「……リア、ソレをふーするのはいいが、神殿に帰ってからにしような?もう少し我慢な?」 「……ど、し…て?……リア、いま、…ふー、した…い…の。」 「その音色にのって何が出るか分からないだろう?リアは兄ちゃんとしてエスティを守ってやるんだろ?」 小さく可愛らしいお尻を己の逞しい左腕に乗せ、同じ目線になるように抱き上げたリアの瞳を見つめながら、ライナーは優しく諭すように言い聞かせる。 ライナーの言葉にリアはハッとしたように大きな目を見開いて、今は腕に抱いているエスティを見た。 「にゃ? リア、ふーしないニャ?」 「…エスティ……。うん。…リア、やっぱ、…り、……おうち、かえっ……て、からにす…る。」 そう言うとリアはエスティをギュ~ッと抱き締めたのだった。 場面はフィランドサイドに戻る。 ルマーシェの如何したの問いかけに、アルフリードは少し逡巡した後、引率の教師達やルマーシェ、カルラ、そしてフィランドの順に視線を向けた。 「……6年前に比べ、結界の感じが変わったのだな。シェルバ殿の結界の上に更に強力な加護が加っている。」 「結界への加護、ですか?」 ルマーシェが言うのに、 「…ああ。シェルバ殿の結界に干渉できると言う事は、それと同等もしくはそれ以上の力を持っているという事。」 「「「「!!!!」」」」 「それ程の力を持った者がいるのであれば、是非会ってみたいものだな。」 驚く俺達を面白そうに見やり、冷たく整ったその容貌に薄い笑みを浮かべながら、アルフリードは更に続ける。 「…ビラン子爵にはお心当たりがあるようだ。」 「………っ、それは…」 「いつ紹介してもらえるのかと楽しみにしているのだがな。昨日の交流晩餐会にも、今朝方紹介された今回の学杯参加者にも、該当者はいなかったようだ。だが、…もちろん紹介してもらえるのだろう?」 全てを見透かしたような物言いで、傍で2人の会話を聞いていたフィランドの背にも嫌な汗が流れる。 「……そしてこれは私の勘でしかなく、この結界強化と直接の関係があるのかまでは不明だが、先程の初級エリアには貴殿たちにとって特別な者がいたようだな。」 何と言う洞察力。 流石にフィランドもカルラも、この洞察力には驚いた。 いや、流石学園歴代トップの魔術師というべきか。 ……たったあれだけの時間で、そこまで気付いていたのかっ……!! しかし当然である。 リア達と出会う前まではフィランドの目標ですらあった人間なのだ。 決して侮ってなどいなかったが、ここまで自分達の心情を見破られるとは思っていなかった。 しかし全くの想定外という訳でも無いため、フィランドは即座に作戦を “アルフリードが結界もしくは上級魔法の痕跡に気付いた場合” のプランに変更するために口を開いたのだった。 「…結界の件については俺からご説明します。」 西の大国9 END

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