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第6章ー11 西の大国-11
時はアルフリードが、カルフィールへ向け出発する前日までさかのぼる。
「失礼します。お呼び出しに従い、参上いたしました、母上。」
実の母子ではあるが、今は軍人でもあるアルフリードが最敬礼で正妃リルフィンの部屋を訪ねていた。
「…アルフリード、わたくしたちの間でそのような堅苦しい敬礼などは不要です。それよりも出立前日の忙しい中、呼び出してしまってごめんなさいね。」
「……いえ。母上のお呼びとあらば。」
自身と良く似た面差しを僅かに緩め、軽く黙礼しながら述べたアルフリードに対し、正妃リルフィンは「ありがとう。」と短く礼を告げると、早速椅子を勧めた。
「まずはこれを。」
そう言い、リルフィンがアルフリードへと差出したのは、美しい装飾がされた小箱である。
目の前に置かれた小箱を受け取り蓋を開くと、やわらかい布で丁寧に包まれた小さな木彫りの十字架が出てきた。
一目でひどく古い物だとわかる寂れた物で、とても一国の正妃が持つ物としてふさわしくない、というのが、ソレを見た時のアルフリードの第一印象である。
しかし賢女と名高い母が、わざわざこのタイミングで自分を呼び出してまで見せた物であるという事は、アルフリードはこれが見た目通りの価値とは違うのだろうと推測する。
「……これは?」
「それはその昔、我がレイゴット帝国建国の父であり、5英雄の一人でもある初代皇帝マクフェルが、建国祝いとしてファルシオン様よりいただいた物だと伝えられています。
…ただどう見ても粗末な木彫りの十字架で、特別な力も感じません。
…古い言い伝え故、その真意のほどはわかりませんが、しかしここ数日、わたくしはこれを貴方に託す夢ばかりを見るのです。」
「それでコレを持って行け、と?」
アルフリードは改めてその十字架を手に取り、大きさ約15センチ、厚さ約2センチのそれをじっと眺める。
「…ええ。ファルシオン様所縁の国宝故、国外への持ち出しを渋っていた神官達も何とか納得させました。それは貴方が持ってお行きなさい。」
…確かにファルシオン所縁の物とあれば、神殿のファルシオン狂信者達は相当に渋っただろう。
ここ十数年、レイゴット帝国ではファルシオン神殿が力を持ってきていた。
表向きは世界平和と共存を詠ってはいるが、教会上層部は金と権力に執着する者たちばかりである。特に、何故か魔術師が生まれにくいこの国において、魔術の才がある者は無条件で重用される。
例えそれが魔術師と呼ぶには余りにも小さな力しか持っておらずとも、だ。近年、帝国内では人口の1%に満たない数しか存在しない魔術師を、帝国師団とファルシオン教会が奪い合う形になっている。
…その状況下でそれを説き伏せるとは…。
流石の狂信者達も、これまで数々の予言で国を守ってきた母上の言葉には逆らえなかったと言う事か…。
そこまで考えると、アルフリードは姿勢を正す。
「…はっ。十字架は私が責任を持って管理いたします。」
「…道中、くれぐれも気を付けるのですよ。」
そして現在。
十字架は肌身離さず、アルフリードが首にかけている。
母にも何故この十字架を自分に託す夢を見、それがどんな意味を持つのか、そこまではわからないが、これは自分が持っておくべき物だという事だけは確信しているとの事だった。
そしてまたアルフリードも十字架を手にした瞬間、何故か直観めいた物を感じたのだ。
“コレは己が届けなければ” と。
西の大国11 END
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