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8.過去・亮介
青天の霹靂とはきっと、こんな状況のことを言うんだろう。
「いつまでも恋愛ごっこを続けるってワケにもいかないじゃん」
にっこり笑いながら言ったそのセリフは、正にオレにとっては青天の霹靂だった。
大学4年間、オレと智は一緒に暮らした。ずっと一緒にいようって話もした。好きだと言ったし、好きだと言われた。その全てが智にとっては恋愛ごっこだったんだろうか。
突然のセリフに何も考えられなくて、フラフラと自分の部屋へ行ったスキに智はそこを出ていった。それでお終い。それっきり智には会っていない。引越しは、たまたまオレが信一と出かけてるときに行ったらしい。あいつが持ち出したのは身の回りのモノだけ。『家具等は適当にリサイクルに回してくれ』ってメモがリビングに残っていた。
大学の4年間はオレにとって一番幸せな期間だったような気がする。智と一緒に寝て、目が覚めれば智がいる。高校卒業するまで一度も料理をしたことが無かった智は、一緒に住み始めたばかりの頃はよく失敗をしていた。生煮えの野菜が入ったカレーや、味が濃すぎる肉じゃが、焦げ焦げのポークソテーとか、今では笑えるエピソードだ。その度にオレたちは良く笑い、ついでにオレが料理のフォローをして、そして何とかありつけた。
課題等で忙しい中お互いバイトを頑張って、夏休みとかにはふたりで旅行に行ったりもした。さすがに海外旅行の資金は無かったけど、国内のどんな場所でもオレは智と一緒なら楽しかったんだ。楽しそうなあの笑顔を見るだけで満足だった。
もちろん些細なことでケンカもした。でもそんなのは長続きはせず、すぐ仲直りして、その後はそれ以上に仲良くなった。ケンカさえもオレたちには仲良くなるエッセンスだったような気がする。
それなのに……、智にとっては全てが恋愛ごっこだったんだろうか?
智が引っ越してから二日ほど呆然としていたと思う。眠れなかった、何も食べれなかった。気がついたときには母親が目の前に立っていた。オレの尋常じゃない様子にかなり心配をしていたようだったが、オレは何も言えなかった。何を言える? 何も言えないじゃないか。
大学卒業後は実家に戻って来いって言葉にオレは素直に従った。智がいない今、ここに留まる理由は無い。
オレの様子を心配したからだと思うんだが、実家への引越しや不用品の処分等全て親がやってくれた。そのときのことは非常に申し訳ないと思いつつ感謝もしている。当時のオレの状態を考えたら、きっとひとりではやれなかったハズだから。
夢遊病のような状態だったオレに両親は優しかった。何も聞かず、普段通りに接してくれた。聞きたいことはいろいろあったんじゃないだろうか。でも何も聞かずにいてくれたその態度にオレは救われた。そして、就職する頃には何とか普通の状態に戻ることができたんだ。
入社後暫くしてから、オレは智の実家へ向かった。あんな別れ方をしたけれど、もう一度智に会いたいと思ったからだ。智の元気な顔が見たかった。
「ごめんなさいね、智の居場所は私たちも知らないのよ。全部自分で決めて、今は音信不通なの」
おばさんのその言葉にはかなり驚いた。あの智がそんなことをするのか? 今まで見ていた智はオレの見間違いだったんだろうか?
とりあえず、智から連絡があったら教えてくださいとだけお願いして、オレはそこを後にした。でも連絡は無かったみたいだ。今もオレは智の居場所が分からない。
先日、数年ぶりに行われた高校の同窓会はもしかしたら智に会えるんじゃないかと思いながら参加した。だが残念なことにあいつは来ていなかった。仲の良かったメンバーに聞いても誰も智の近況を知らないと言う。本当にアイツはどこへ行ったんだろうか。
あんな別れ方をしたからか、今でもオレは智のことが忘れられない。
もしかしたら、もう一度会って話しをしたら、智のことを吹っ切れるのかもしれない。
大学時代に住んでいた部屋からオレが自分で持ち出したモノはただひとつ。後は全て親がやってくれた。
今でも棚の奥に入ってるそれは何度も捨てようと思ったが捨てられず、きっと墓場まで持って行くような気がしている。
社会人になったときに渡そうと思っていたもの。
今はもう渡すことも渡す意味もないもの。
オレ自身が持っている意味はもう無くて、今では呪いのアイテムと化してるもの。
この小さな箱に詰まったオレの気持ち。
智へ渡すハズだった……。
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