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9.現在・美鈴②
「パパぁぁぁぁ、ただいまぁぁぁ」
「おかえり。珍しいねぇ、オレの迎えもなく帰ってくるなんて」
「パパただいま」
「おう、おかえり。眠そうだな。そのまま布団入って寝ていいぞ」
そうだった、夫婦喧嘩してたんだった。今の今まで忘れてたわ。
「今回は特別。ちょっとマジで重要な相談事があるんだけどさ、パパに聞いて欲しいのよ」
「とうとう離婚する気になった?」
「あほっ! 寝言は寝てから言え」
離婚なんかするワケないじゃない。愛してるんだからぁ~って、今はそうじゃない!
「マジメな相談だってば。亮介に関係あることなんだから」
「亮介くんの? とりあえず子供たちを寝かせよう。それからちゃんと聞くから」
と言うことで、ふたりで子供を寝かしつけてから、私は拓也に少し前に知った驚愕の事実を話した。
そもそも事の発端は私の何気ない不用意な一言だったらしい。
亮介の大学時代、男ふたりのルームシェアで食生活に偏りがあったらいけないからと、母親は時々惣菜なんかを差し入れしてたらしいんだ。普段は母親が行くか亮介が取りに来るんだけど、たまたまそのときは私が頼まれて亮介たちの住んでるところへ行ったんだった。差し入れして、ついでに智くんの手作りの晩御飯を食べて……。智くんの料理美味しかったんだよねぇ。忘れてたんだけど、思い出したらその時の料理の味まで思い出しちゃったわよ。
実家に戻って母親に亮介の様子を聞かれたから、元気だったって答えたワケよね。で、そのとき本当に何気なくなんだけど、ポロっと言っちゃったのよ。
「亮介と智くんて本当に仲良しなんだねぇ。なんかさ、ラブラブのカップルみたいだったわよ。料理も美味しかったし、智くんは亮介の良いお嫁さんになれるんじゃないかしら」
きっとケラケラ笑いながら言ったんじゃないかと思うわ。私としては冗談のつもりだったし。同性愛? そんなもの全く浮かびもしなかったもの。
でもウチの親は違ったらしいのよ。何か思うところがあったんでしょうね。私のその一言がきっかけで探偵事務所に調査を依頼したらしいんだ。結果、ふたりの関係が明るみに出たってワケ。
「念書まであるの?」
「ある。って言うかコレ。実家に置いて亮介に見つかったらマズイでしょって言って貰ってきたの」
「うはぁ……、付き合い長いけどさ、おまえんちの親、ここまでやる人だと思わなかったわ」
「私だってそう思うわよ。自分の親ながらビックリ」
ほんとビックリだわよ。そして今の今までこれを知らなかったことにもっとビックリ。
「亮介くんはこのことを全く知らないんだね」
「そうみたいよ。お母さんの話だと、智くんは約束通り何も言わずに別れたみたいだし」
「じゃあ自分はただ振られただけって思ってるんだ」
「たぶんね」
「オレは同性愛のことはわからないが、不憫だねぇ……」
その後ふたりしてしんみりしてしまった。同性愛とか男同士とかってのは私もよくわからないけど、好きあった同士が無理矢理別れさせられたんだからね。ホント不憫だわ。しかもきっかけが私……。ううむ、ヒシヒシと罪悪感が湧き上がる。
「美鈴の話だと、智くんが亮介くんを同性愛の世界へ引っ張り込んだって言ってたけど、それ本当なのか? 智くんて、そんなふうには見えなかったんだけど」
「絶対違うって断言できるわ! 智くんとは何度も会ったことあるし、亮介の性格はよくわかってるもの。亮介の方が智くんをくどいたハズ」
「でも智くんは否定しなかったんだね」
「うーん……、否定しなかったのか出来なかったのか。その場にいなかったから、そこらへんはわかんないわ」
そうなんだよねぇ。もう何年も前のことで、終わってしまったことなんだ。
そう考えたら、今さら私が騒ぐのはおかしいのかもしれない。
でもさ、何かひっかかるんだよ。私は時々しか実家へ帰らないけど、就職してからの亮介って何か影があるのよねぇ。心から笑った顔を見た記憶がないのよ。
「それで……、結局おまえはどうしたいんだ?」
「それがわかんないからパパに相談してるんじゃないのー」
「なんだよそれ。それは相談とは言わないの。丸投げだよ丸投げ」
丸投げでも岩投げでも亀投げでも何でもいいわよ。何かしなきゃって思うんだもの。でもその何かってのがわかんないのよねぇ……。
「たぶん私は、きっかけを作ってしまったって言う罪悪感で動いてるんだと思う」
「まあそうだな。おまえのその一言がなきゃ、たとえふたりの関係がバレたとしても、結果は違ったかもしれんし。とは言え、それはタラレバの話であって過去におこったことは変えられん」
お互い黙り込んでしまった。罪悪感はある、でもおきてしまった過去は変えられない。罪悪感……、罪悪感……。
「わたし……誰に対して罪悪感を持ってるんだろ?」
「誰にだと思う?」
「亮介に……じゃない。智くんにだと思う」
「オレの意見を言っていいか?」
「うん」
「これはオレ個人の意見なんだけどな、亮介くんは事実を知るべきじゃないかと思う。何年も前のことではあるけれど、周りの全員は知っていて亮介くんだけが知らない。中心にいる彼だけが知らないんだよ。
世の中には知らない方が良いことはたくさんあるけれど、今回のことに限っては知るべきなんじゃないかな。亮介くんて、オレは彼が小学校の頃から知ってるけど、就職してから笑わなくなったよね。たまにしか会わないけど、会ったときはみんなに合わせて笑顔なんだけど、どうもムリして笑ってるように見えてたんだ。
知ったせいでどうなるかは判らないけれど、少なくとも今の場所に留まることは無くなると思う。たぶん亮介くんの心の一部は今も学生時代に立ったまま動いてないと思うんだ」
へぇ~、拓也のクセしてすごいじゃん。さすがは私のダーリンってことね。
よし、亮介に話そう。その結果とんでもないことになったら、ここは潔く親に土下座でも何でもしようじゃないか。
「パパ、わたし頑張るよ」
「そうか? まあ、ひとりで変な方向へ突っ走るなよ」
「……わかった」
とりあえず、亮介に話す前にあの人に会ってみようと思う。そこが手始めだ。
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