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10.現在・智④
週末、約束通り兄貴は婚約者と一緒に会いに来てくれた。と言ってもオレんちは狭いから会ったのは近所のファミレスでだ。
たまに電話で話したりはしてたけど、兄貴に会ったのは2年ぶりくらいだと思う。最後に会ったときに比べて、ちょっぴりだけど貫禄が出てきたような気がするのは気のせいだろうか? 貫禄……、ソフトな表現だな。
「はじめまして、小林優子と言います。智くんと呼んでも良いでしょうか?」
「智くんでも智でも何でも良いですよ。兄貴と結婚したらお義姉さんになるわけですし」
婚約者の優子さんはとても穏やかに話す人だった。落ち着いていて、兄貴とお似合いの夫婦になりそうな予感。オレと同い年って話だけど、どう見ても年上に見えるなぁ。
「この度は兄と結婚してくださるそうで、ありがとうございます。情けない兄ですが、どうか末永く見放さないでやってください」
「なんだよ智、そんな言い方無いじゃないか」
「いやいや、情けない兄ってのは本当だから。まあでも、普段は情けないですが、イザと言うときはとても頼りになる兄です。オレの自慢の兄ですよ。今後ともよろしくお願いします」
「ハイ、お願いされました」
ふわっと笑った優子さんの笑顔は、桃の花が咲いたような笑顔だった。
「そういや兄さん、結婚したらどこに住むの? 同居?」
「カンベンしてくれ。いずれは同居かもしれんが当面は別居だ。新婚生活くらいはふたりで暮らしたいしな」
「やっぱそうか。じゃあ、新居が決まったら教えてくれよ。結婚祝いはそっちに贈ることにするからさ」
「わかった」
「優子さん、いや、お義姉さんって呼んだ方が良いのかな。こちらの事情で結婚式に参加できなくて申し訳ないです。でも、心から結婚をお祝いしてますから」
「事情は透さんに聞いて知ってるので大丈夫ですよ。結婚したら身内になるんですから、これからは何かあったら是非頼ってくださいね」
そんな和やかな会話をしてお開きになった。
兄貴が結婚して、そのうちに子供が産まれるだろうから、そしたらふたり共喜ぶんだろうな。初孫になるんだし。
とりあえず、これで相田家は安泰だ。ちょっとだけ心の隅がチクっとしたけど、お祝い事だもの、やっぱオレも嬉しいや。新居を教えてもらったら、早速結婚祝いを贈るとしよう。
兄貴たちと別れてから、オレは信一のアパートへ向かった。そこでタケル、コウと合流して4人でとある場所へ向かうんだ。コウは学生時代は信一と付き合っていたが今はフリーだ。信一と破局した後も普通に友人として付き合っている。きっとそれは信一の人柄のおかげなんじゃないかな。オレの親友の信一はマジで良いヤツだと思う。いつか信一にも春が来たら良いな。
「おーっす! もうみんな集まってたんだ」
「智サン遅いですよー」
「悪い。兄貴と会ってたんだよ。今日初めて兄貴の婚約者紹介してもらってたんだ」
合流したオレたちが向かったのは、とある瀟洒なマンションだった。
「こんにちは。これオレたちからのお祝いです」
「おっ、わざわざスマンなぁ」
ニコニコしながらお祝いの品を受け取ったのはケンスケさん。彼は30代前半のがっしりした体格の男性だ。業種は知らないが、外にいることが多い仕事らしく真っ黒に日焼けしている。
「いらっしゃーい。まだ全部は出来てないんだぁ。誰か料理手伝ってくれない?」
「あ、じゃあボクがお手伝いしますね」
台所からヒョコっと顔を出しながら声をかけてきたのはカイトさんだ。それに対してタケルが手伝いを申し出ていた。
ここはケンスケさんとカイトさんの愛の巣ってことになるのかな? 先月から一緒に暮らし始めたんで、オレたちはそのお祝いに遊びにきたってワケだ。
ふたりは大学時代に知り合って、その後付き合ったり別れたりを繰り返して、そしてとうとう年貢を納めたってカンジらしい。法律的なことは知らないけれど、ふたりの薬指には同じ指輪がはまってる。お互いの中では結婚したってことになっていて、それはオレたちも同じようにそう思ってるんだ。
ケンスケさんもカイトさんも親にカミングアウトしたんだそうだ。ちゃんと両家に認めてもらって、どちらの家族とも仲良くやっているんだって。
自分の息子がゲイだってのを受け入れてくれるってのはすごいことだと思う。ごく少数だけどこうやって受け入れてくれる人たちはいるんだ。それはとても嬉しいことで、いつかもっと多くの人が、何の抵抗もなく受け入れる世の中になってくれたらって願う。難しい希望だけど、彼らを見てるとそんな日は近いんじゃないかって思えるから不思議だ。
「それじゃあ、ケンスケさんとカイトさんの結婚を祝って、乾杯!」
大量の料理や酒――オレはジュースだが――を消費しながらオレたちはいろんな話をした。そのほとんどが、ふたりの面白エピソードなんだが……。数年来の付き合いのため、彼らの離れたりくっついたりってのはほぼ全て知っている。ここ数年の彼らの歴史は、オレたちの歴史でもあるんだ。
「カイトさん、もうケンカしてもオレんちに来ないでくださいよ」
「えーっ、智ちゃんちはオレのセーフハウスなのにぃ……」
「結婚したんだから、そこは実家でしょ。「実家に帰らせてもらいます!」って言ってさ」
「智ちゃんちはオレにとっての心の実家だぁ。智ママぁぁ」
「ママ言うなー」
そうなんだよ。カイトさんは何かある度にオレんちに来るんだ。別れた時やケンカしたときは常にオレんちで愚痴ってる。どうやら今後も何かあったら来る気満々みたいだ。うちにあるカイトさんの着替えも当面はそのままにしておいた方がいいかもしれないな。
全員血は繋がってないけど、こいつらはオレの家族みたいなカンジなのかな。
今日はホント、楽しい日だったと思う。
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