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19.これから・智②

 えーっと……、どうしたら良いんだろう?  顔を上げてってお願いしたけど亮介は土下座したまま動かない。とりあえずオレも亮介の前に正座してみた。 「亮介?」  ちょっと迷ったけど、肩に触れて声をかけてみた。良かった、やっと顔を上げてくれた。亮介は必死そうな目でオレのことを見てる。目が赤い……かな? 「亮介ひさしぶり。えーっと、ごめんな、オレ何で亮介が謝ってるのか分かんないんだ。どちらかって言うとオレの方が謝らなきゃいけないだろ? あのとき、亮介にヒドイこと言って逃げるように消えちゃってゴメンな。もっとちゃんとした言い方をして別れれば良かったんだけどさ。亮介傷ついただろ? ホント、ごめん」  なるべく穏やかに話してからペコリと頭を下げた。今思い出してもヒドイ別れ方だったと思うしさ。もうちょっと亮介が傷つかない言い方もあったんじゃないかって今になって思うんだ。でも、あのときはあれが精一杯だったんだよな。とは言え、それは言い訳になっちゃうから言わないけど。 「違う、違うんだ。そうじゃないんだ」 「そうじゃない……って?」 「智ゴメン、本当にゴメン。オレやっと全部知ったから。だからゴメン……」  何を全部知ったんだろうか?  亮介の言っている意味が分からなくて、オレはただ困惑した目で見つめてしまった。 「これを……」  そう言って亮介から手渡されたのはオレが想像もしなかったものだった。念書……、オレと亮介の親の前でサインさせられた念書。そのことを思い出すのはツライから自分の記憶の底にフタをして閉じ込めたもの。ここにあるハズが無いもの。それを目にした途端頭から血が引いていった。何故……、何故これを亮介が持ってるんだ? 「ぁぁあ……あ……」  あまりの衝撃に頭が上手く働かない。何を言っていいのか分からない。どうすれば良いのか分からない。ただ、ただ、亮介の目を見つめてしまった。手が震えて、いつのまにか持っていた念書を落としてしまっていた。 「これを知ったのはつい最近のことなんだ。それまでオレは何も知らなくて。だからオレは単に智に振られたんだと思ってた。でも実際は違ってて、オレは家族と一緒にのほほんと暮らしてたのに、智はひとりで辛い思いをしてて……」  知って欲しく無かった。何も知らず幸せでいて欲しかった。オレは……、オレはそれだけを思ってた。亮介が幸せだったらそれだけで良いって……。  何故今知ったの?  何故周りは隠し通さなかったの?  ずっと何も知らずにいて欲しかったのに。 「今更だと思ってるかもしれないけど、オレ、智に謝りたかったんだ。ゴメンな、智だけに辛い思いをさせて。それからお礼を言いたかった。オレのこと守ろうとしてくれたんだろ? ありがとう。オレ透さんからも話しを聞いたんだよ、だから今更だけどいろいろ知ったんだ」  亮介は涙を流してて、でも、無理矢理笑顔を作ってオレに話しかけてた。  オレはしゃべり方を忘れてしまったみたいで言葉を発することが出来なかった。呼吸するのも忘れてて、苦しくなってやっと息の仕方を思い出していた。 「それから今日は智の前でコレがしたかったんだ」  ビリビリと破かれて、念書がただの紙片と化していった。オレはただ唖然とその様子を見ているだけだった。動けない、何も考えられない、どうすれば良いかわからない。 「もうこれ以上こんなものに縛られないで欲しい。それから……、できることならオレから逃げないで欲しい。これから先ほんの少しでいいから、智の人生にオレを関わらせて欲しい。お願いだ、このとおり」  そう言って、再び亮介は頭を下げた。 「りょ……う、す……」  言葉が出てこない。頭の中がぐちゃぐちゃで何を言っていいのかわからない。亮介の言葉はちゃんと聞こえてるんだけど、言っている意味を正しく理解できないんだ。  暫くして亮介は頭を上げた。 「ケンスケさんたちから、あまり智を追い詰めるなって言われてるんだ。突然のことで驚いただろ? きっと智にも時間が必要だと思うし……。オレも言いたいことが言えたから今日は帰るな。智が落ち着いた頃連絡するから、そのときはオレと話しをして欲しい。きょうは驚かせてすまなかった」  ものすごく優しい表情でそう言って亮介は部屋を出ていった。すれ違い様にオレの頭をくしゃって撫でて出ていったんだ。いつも亮介がオレにしてたヤツ。オレはノロノロと自分の頭に手を置いた。亮介の温もりがまだそこにあるような気がして、その温もりが消えて欲しくなくて。  どのくらいそうしてたんだろう? 気がついたらオレはカイトさんにフワッと抱きしめられていた。 「智ちゃん大丈夫?」 「カイトさん、オレ……」 「いろいろあってパニックだよね」 「オレ……」 「声出して泣いて良いんだよぉ。ガマンなんかしないで」 「泣いて?」 「そう。だって智ちゃん泣いてるじゃん、声を出さずに」 「オレ……泣いてるの?」 「そう」  それからオレは声を出して泣いた。悲しいのか苦しいのか嬉しいのか何に対して泣いているのか自分でも分からなかったけど、ただ声を出して泣き続けた。カイトさんはずっとオレを抱きしめて体をゆらしてくれてたんだ。オレはカイトさんにすがって泣き続けた。  泣いているうちに、オレの中から何かが流れてったような気がする。それが何かは分からなかったけど、泣き止んだとき少しだけ気持ちが軽くなったような気がした。

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