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21.これから・亮介①

「明日、智に会えるぜ」  金曜の夜、信一からデンワが来た。先週ケンスケさんちでも言われてたし、オレ自身待ち遠しかったからこの連絡は嬉しかった。もし何も来なかったらオレの方から信一に連絡してたと思う。  場所はケンスケさんの家ってことだった。一度行って場所は覚えてたので約束の時間に直接向かうことにした。ようやく智に会える……、緊張のあまりインターフォンを押す指が震えていた。  中に入ると残念ながら智はまだ来てなくて、それ以外のメンバー――先日ここで会った人たち――全員が揃っていた。タケルさんが相変わらず不機嫌顔でオレを睨みつけていたのには苦笑いだった。 「えーっとね、智ちゃんは12時半頃来る予定。それでね、実は今日君と会うことは知らせてないんだぁ」 「えっ、それって……」  事前に知らせてなくて良かったんだろうか?  何も伝えてないってことに困惑して、オレは思わず信一の顔を見てしまった。 「ドッキリじゃないけど、事前に何も伝えないでおくことにしたんだ」 「信一くんの言う通り。ドッキリを仕掛けたかったワケではないが、事前に智くんに伝えたら会うのを拒否するだろうってのがオレたちの意見。だから何も言わず突然会ってもらうことにした」  ケンスケさんの説明に心が痛む。そうか……、智はオレとは会いたくないのか。覚悟はしていたけれどその事実を目の前に出されるとやはりツライ。 「そんな顔しないの~。智ちゃんだって心の底では亮介くんに会いたいって思ってると思うよ。聞いたわけじゃないけどね、きっとそうだよぉ」  気を使って言ってくれたんだとは思うけど、カイトさんの笑顔に少しだけ心が軽くなった。  智とはカイトさんの仕事部屋で会うことになった。だからそこで待ってて欲しいと言われた。ふたりきりで話しが出来るようにしてくれるそうだ。 「亮介くんには申し訳ないんだけど、今日はなるべく短い時間にしてくれるか? 突然のことでかなり驚くと思うからさ、あまり追いつめないでやって欲しい」 「ケンスケさんの言う通りだ。あとで智の連絡先を教えてやるよ。だから今日は本当に伝えたいことだけ伝えて、あとは智が落ち着いた頃ふたりでゆっくり話しなよ」 「……わかった」  カイトさんの仕事部屋でひとり智を待つ。何と声をかけようか? どうやって話そうか? この一週間ずっと考えてたことなのに用意していた言葉は全てオレの頭の中から抜け落ちてしまっていた。やるべきことは決まっていた。謝る、感謝する、念書を破り捨てる。でもそれをするための言葉が全く浮かんでこなかった。  緊張のあまり手が震えていた。落ち着け、落ち着くんだ。そう自分で自分に言い聞かせても、オレの心臓はずっとドクドクとまるで全力疾走をした後のようだった。  ドアの外が騒がしくなったな……と思ってたら、少しして智がオレのいる部屋に放り込まれた。文字通り放り込まれたって表現が合ってるようなカンジだった。 「智!」  思わず声をかけた。オレの方を見た智は目を見開いてそして逃げ出そうとした。お願いだ、逃げないで欲しい。オレの願いが通じた……のではなく智の友人たちの総意なんだろう、ドアは向こう側から押さえられていて開くことはなかった。 「智……」 「りょ、亮介……、あああ、あの……、ひさし、ぶり……。元気だった?」  焦った顔でそんなセリフを言う智に対して、気がついたらオレは土下座をしていた。本当の本当に謝りたかったからだと思う、自然と身体が動いてたんだ。  智に謝った。智は驚きすぎて何もしゃべれないようだった。もしかしたらオレの言った言葉も頭に入ってないのかもしれない。それでもオレは続けたんだ。今日は伝えたいことは伝えるって決めてたから。次に会ったとき同じ言葉を繰り返しても構わないって思ってたから。  念書を見せたときの智の表情は見ているこっちの方が辛くなってしまった。ゴメンよ智、でもオレどうしても智の目の前でこれを破り捨てたかったんだ。オレの自己満足だってのは分かってたけど、これだけはやりたかったんだ。 「もうこれ以上こんなものに縛られないで欲しい。それから……、できることならオレから逃げないで欲しい。これから先ほんの少しでいいから、智の人生にオレを関わらせて欲しい。お願いだ、このとおり」  最後にもう一度頭を下げた。これは心からのオレの願いだ。一度は切れてしまったけど、これから先少しでも良いから繋がっていたいんだ。本当にほんのちょっとでもいいから智と繋がる部分が欲しいと思ったんだ。  部屋を出るとき思わず智の頭を撫でてしまった。以前よくやっていた智に対するオレのクセみたいなその動作に、智はビクっとしていた。そんな反応に心が痛む。突然そんなことしてごめんよ智。  ドアの外には信一が待っていた。 「とりあえず今日は帰るか。車で来たから送ってくぜ」  マンションを出て無言で助手席に座ったオレにウェットティッシュが差し出された。 「ハンカチじゃなくて悪いな。とりあえずこれで顔拭けや、グシャグシャでせっかくのイケメンがブ男になってるぜ」  オレの部屋で少し話したいってことだったので、コインパーキングに案内した。水以外の飲み物は置いてなかったので、自販機で缶コーヒーを2つ買ってからふたりで部屋に向かった。

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