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22.これから・亮介②

「狭いなぁ」オレの部屋に入った信一の第一声がこれだった。 「取り急ぎで引越したからな。気持ちが落ち着いたら広い部屋を探すつもりだよ」  今いるこの部屋は本当に狭かった。今のところ帰って寝るだけだから何とかなってるが、気持ちに余裕が出て自炊しようとしてもここではムリだ。台所もミニキッチンと言うものだろうか、おもちゃみたいな作りだし、狭すぎてまな板もまともに置くスペースが無いんだから。ここには数枚の皿とコップ以外何も無い。  車も実家に置いたままだったから、次に引っ越すときは駐車場も探さないといけないな……なんて、ふとそんなことが頭に浮かんだ。  椅子すら無い部屋だから信一にはベッドに腰掛けてもらった。オレは胡坐をかいて床に座った。深い意味は無いんだが、隣と言うか同じベッドには腰掛けたいとは思わなかったんだ。 「これカイトさんからの差し入れのサンドイッチ。腹減っただろ? とりあえず先に食おうぜ」  紙袋を持ってるのは知ってたが、まさかサンドイッチだとは思わなかった。有難くいただく。カイトさん手作りのサンドイッチはとても美味しくて、最近外食ばかりだったから、こんなのが嬉しいんだと思う。 「智に会ってどうだった?」 「……痛々しかった。やっと会えて嬉しかったのは本当だけど、智の表情が痛々しくて辛かった」 「そっか……。でもまあ今回は仕方ないだろう。次会うときはきっと普通の顔を見れると思うぜ」 「そうだな。そう願うよ」  本当にそう願う。次会うときは画像にあったような穏やかな顔を見たいと思う。欲を言えば昔のように屈託なく笑う顔が見たいと思うんだ。無理かもしれないけど。でもいつかそんな顔を見れたら嬉しいって思った。 「ところでさ亮介、聞いてもいいかな?」 「何を?」 「智に対するおまえの気持ち」 「それは……」 「昔と変わらず、今でも智のことが好きなんじゃないのか?」 「…………」 「なんとなくそう思ってるんだよ。別にここで聞いたことを誰かに話すつもりは無いよ」  智への気持ち?  そんなの分かりきってる。  でも、それを今信一に言って良いんだろうか? 「亮介?」 「昔から変わらない、今でも好きだよ。智に振られた後諦めようとしたんだけどさ、他の女と付き合ったりしたけどダメだった。陳腐なセリフかもしれないけど智のこと愛してるんだと思う。一生一緒にいたいと思ってたからさ、智以外に気持ちが行かないんだ」  ふと、あの箱が頭に浮かんだ。あの小さい箱、オレの想いの象徴……。 「智に伝えるのか?」 「いや」 「何故?」 「もう智には智の人生があるからな。オレは友人として、ほんのちょっとだけ繋がっていれたらいい」 「いいのかそれで?」 「嗚呼」  少しの間、信一は何か考え込んでいるようだった。 「あのさ……、今じゃなくて、もっと先だけど、亮介のその気持ち智に伝えた方が良いと思うぜ」 「何故に?」 「上手く言えないんだけどな。告白して付き合えって意味じゃないんだけどさ、今の智なら黙って聞いてくれると思うぜ。ちゃんと気持ちは受け取ってくれると思う。で、その上で友人関係を築いてくれるんじゃないかな」 「……オレとしてはこれ以上余計なことで智を混乱させたくないよ」 「そっか……。まあオレの言ったことは頭の片隅にでも置いといてくれや」  そう言って信一は帰って行った。  信一の言葉にどんな意味があるか分からなかったが、もうオレの気持ちを智に伝えることは無いと思う。混乱させたくないってのも本当だけど、それ以上に、伝えたら最後オレ自身が暴走しそうな気がしたんだ。だから黙ってようと思うんだ。  智は今付き合ってる人がいるのかな?  智が誰かと並んでいるのを見たらやっぱり辛いかもしれない。でも黙って見てようと思う。ちょっとだけ不安があるけれど、それでも何とかなると思う。智のことをずっと、友人としてずっと見てようと思うから。と言うか見ているつもりだ。  智に会えなかった日々に比べたら今の方が何倍もマシだと思う。  徐にクローゼットの奥から小さな箱を取り出した。フタを開けて中を見る。ずっと友人でいるって決めたんだから、やっぱりこれは処分すべきなのかもしれないな。そうしたらオレの未練がましい気持ちが断ち切れるかもしれないし……。そう思いつつ、結局フタをして再びクローゼットの奥にしまいこんだ。 やっぱり呪いのアイテムだよなぁ、捨てようとしても捨てられない。きっと今鏡の前に立ったら、苦笑いしてるオレが目の前にいるんだろうと思うよ。  やっぱり墓場まで持っていこう。

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