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24.これから・智⑤
「智!」
待ち合わせの場所には既に亮介は来ていた。オレを呼びながら大きく腕を振る。そんな動作にものすごく懐かしいものを感じる。そう言えば昔もよくこんなシーンがあったなぁって思った。
「やぁ亮介、今日は暑いな」
「智……、今日は会ってくれてありがとう」
ふたりともぎこちなくて、やっぱりちょっと会話がかみ合わない。
「あああのさ、この前はその、ゴメンな。オレ何も言えなかっただろ」
「オレの方こそゴメン。自分の言いたいことだけ言って先に帰っちゃったし」
それからまたふたりして沈黙。
「とりあえず歩こっか。ここの散策コース木陰になってて涼しいんだ」
亮介の言葉でオレたちは歩きだした。
梅雨が明けて本格的な夏になって、はっきり言って暑い。普段は家と会社の往復だし仕事も空調完備の室内だしってことで季節のことは全く頭になかったんだ。だから家を出たときの日差しの強さにちょっと驚いた。かなり焼けそうだなぁって思って、日焼け止めを持ってないことを後悔したんだ。
散策路は亮介の言ったとおり日陰になっててすごしやすく、時折流れてくる微風が肌に心地よかった。
最初はポツリポツリとぎこちなかった会話も、しばらくしたらだいぶ滑らかになっていた。ゆっくりと歩きながら、ふたり共お互いを見るんじゃなく前を見て。きっとそんな風だったからだと思う、リラックスして話せるようになっていたから。
亮介は、新卒で入った会社から転職して今はとある会社の人事部にいるそうだ。人事部の仕事ってどんな仕事なのか全く想像できないんだけど、なんとなく怖いイメージがあるって、そう言ったら笑われた。オレの方はずっと同じ会社で今では部下もいるんだよって伝えたら驚かれた。オレ自身は頼りないけど周りに助けられて何とかやってるって言ったら「それは智の人望だろ」って言われた。そうなのかな? でもそうであったら嬉しいな。
亮介の姉の美鈴さんが2人の子持ちになってたのにはかなり驚いた。でも考えてみたらオレたちももう30になるわけだし、それくらい普通なのかもしれない。美鈴さんはしょっちゅう夫婦喧嘩しては実家に帰るけど、ご主人の迎えにニコニコして戻るって話にはちょっと笑ってしまった。あの人は相変わらずだなぁって思えた。亮介はオレの兄貴はもう結婚してるもんだと思ったそうだ。落ち着いてるし貫禄出てきてたからね。やっと結婚が決まったとこって言ったら驚いてたよ。
「亮介は? 結婚とかしたの?」
「今のところ予定は無いよ。それより智はどうなんだ?」
「あはは、オレは全くモテないからねぇ」
その後再び会話が途切れてしまった。
歩き疲れた頃、自販機でジュースを買ってベンチに腰掛けた。「ハイ」と言って渡されたジュースを受け取るとき思わず亮介と目が合ってしまった。穏やかな優しそうなその顔に心の奥が痛み胸が苦しくなった。「サンキュ」と言って笑ったつもりだけど、果たしてちゃんと笑えてたんだろうか?
こんなにも時間が経ったハズなのに、亮介を好きなこの気持ちが零れ落ちそうになる。堪えて堪えて堪えて……、何とか普通の状態でベンチに腰掛けることができた。
ベンチに座った後亮介は信一について文句を言っていた。
「あいつは智のことをずーっと黙ってたんだぜ。聞いても「知らない」って平然としてたからコロっと騙されたんだよ。信一はサラリーマンじゃなくて役者の方が合ってるんじゃないのか? 役者になっても絶対やってけると思うぜ」
思わず苦笑い。でも営業って職業は役者の才能があった方が上手くいきそうな気がするんだよね。だから信一は課長補佐になれたと思うんだよ。そう言ったら亮介はめちゃ笑ってた。チラっと見たその笑顔がとても眩しかった。
「これからもさ……、月1くらいで良いからこうやって会わないか?」
会ってほしいじゃなくて、会わないかってその言葉が嬉しくて、オレも賛成した。
帰宅後みんなにメールした。
『今日亮介と会ったよ。いろんな話をした。皆いろいろありがとう』
照れくさいのと、一人ひとりに電話するのがメンドウって理由でメールにしておいた。ただし信一だけは追加の文章込みで。
『及川女史が寂しがってたぞ』
それに対しては信一からすぐ返事が帰ってきた。
『先週今週と機嫌とったから大丈夫。及川ちゃん、今一緒にいるけど話したい?』
もちろん返事は返さなかった。
無視だ無視! 今は良いけど今後ケンカとかした場合絶対オレのところに愚痴とか行くと思うんだよ。愚痴を聞くのはカイトさんのだけでおなかいっぱい、なのでこれ以上は他を当たってくれって切に思うんだ。誰の愚痴かって? 及川女史に決まってるじゃん。
ちなみに翌月―――3週間後かな?―――も亮介に会った。会った場所は懐かしい体育館だった。その日は高校生の剣道の試合だったんだ。剣道部の亮介の後輩たちは、残念なことに皆負けちゃったんだけどね。
亮介は今でも剣道をやってるんだそうだ。社会人向けのサークルってのがあるんだって。試合も一応あるみたいなんで、次の試合のときは是非応援に行くって言っておいた。
懐かしいね……。高2のとき、仲が良かった皆で亮介の試合の応援に行ったんだよ。すっかり忘れてたその記憶を思い出して、なんとなく幸せな気分になれたんだ。
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