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25.これから・亮介③

「智!」  待ち合わせ場所でこっちに向かって歩いてくる智を見つけた途端、オレは声を出して大きく手を振っていた。智はかすかな笑顔を浮かべてオレの方へ歩いてきた。  智に連絡を取ったのは、あの日、数年ぶりで智に会ったあの日から暫く経った平日の夜だった。スマホに登録した、信一から教えてもらったその番号を睨みつつ、緊張で呼吸すらできないままの状態で数十秒……。結局発信ボタンを押せたのは、そんな状態が数日続いてからだった。息を潜めて呼び出し音を聞く。お願いだ、出てくれ、着信拒否だけはしないでくれ。オレは必死にそう願っていた。  そんなオレの心配は全くの杞憂で、スマホ越しに聞こえる智の声はとても穏やかなものだった。直接ではないけど智の声が聞こえる……、ただそれだけのことなのに嬉しくて、気をつけないと泣いてしまいそうだった。智は、ゆっくり会って話したいと言うオレの願いをちゃんと受け入れてくれて、次の約束をすることができた。「ありがとう」そう言ってオレはデンワを切った。デンワに出てくれてありがとう、会う約束をしてくれてありがとう、オレを無視しないでくれてありがとう。デンワを切った後、オレの目からは涙が零れてしまっていた。  公園の散策路をふたりでゆっくり歩く、この場所を提案したのはオレの方だ。どっかの店で向かい合わせで話をするよりも、こうやって自然の中でお互い前を向いて話した方がリラックスできるのではないかと思ったからだ。それにもうひとつ、外の方が時間を気にせずにいられると思ったんだ。  会話をしながらオレは時折智の顔を伺った。その表情はとても穏やかなものだったけど、逆にそれがオレは悲しかった。昔の智はとても生き生きとしていて、よく笑っていたからだ。屈託なく笑うその笑顔がオレは大好きで、その笑顔を見るだけで幸せだったから。もちろん大人になって落ち着きが出たってのもあるんだろうけど、でももっと笑って欲しかった。 「亮介は? 結婚とかしたの?」 「今のところ予定は無いよ。それより智はどうなんだ?」 「あはは、オレは全くモテないからねぇ」  何気なく聞かれたその質問に、オレは普通を装って答えた。でもそのときのオレは、心臓にナイフが突き刺さったようなカンジだった。仕方が無いことだけど、そんな風に聞いて欲しくなかったんだ。  智が好きで好きでたまらなくて、智を抱きしめたくて、自分の腕の中に閉じ込めてその温もりを感じたかった。でもそんなことをしたら、今度こそもう二度と智に会えなくなるのは分かりきっていたから、何とか自分を律することが出来たんだ。あの頃のように、もう親友にも恋人にもなれないけれど、ただの友人としてでも智と繋がっていたいから。 「月イチくらいでさ、またこうやって会わないか?」  なるべくさり気なくそう聞いてみた。オレのその切なる願いに智は賛成してくれて、これでようやっと本当に、ふたりの友人関係が再び始まったと実感できた。 「それじゃあ、また」  そう言って帰って行った智の背中が見えなくなるまで、オレはずっとその場に立っていた。また……、また智に会える。嬉しくて、次は何時何処で会おうかと、まだ何の予定も決まってないのにオレの頭の中は次のことでいっぱいになっていた。  数日後、オレは信一にデンワをかけていた。 「日曜に智に会ったよ」 「らしいな。智からメールが来てたんで知ってたよ」 「そっか……」 「良かったな」 「ああ……。あの、さ……、ありがとな、いろいろと」 「気にすんな。どちらかって言うと智のためだからさ。まっ、亮介がオレに感謝してるってんなら今度メシでもおごってくれや」  智のため、か……。あそこで会った智の友人たち――友人と言うより仲間ってカンジなんだろう――に、智はとても好かれてたように見えた。オレたちが会えなかった期間に智を支えていたのはきっと彼等なんだと思う。そのことに対して、実を言うと嫉妬してたりするんだ。オレって小さい人間だよなって思うんだけど、どうにもできない。だからそのことはなるべく考えないようにしようと思った。  ゆっくりと智と会ってようやく気持ちに余裕が出たんだと思う。この狭い部屋から脱出すべく新しい部屋を探し始めた。保証人は親ではなく義兄さんにお願いしようと思ってたんだけど、最近は保証人や礼金が必要ない住居もあるってのを知ってそっちに引っ越すことに決めた。オレが契約したのはゆったりめの2LDKのマンションだった。駅から少し距離があるためなのか、思ったよりも家賃は高くなくて、敷地内の駐車場の賃貸料込みでもオレの予算内におさまった。  実家に車を取りに行ったとき、母親が慌てた様子で家から出てきたが、オレはそれを見なかったことにして車を発進させた。申し訳ないとは思うが、まだ会う気にはならなかった。引越し先の住所は、義兄さんたちにだけ教えておこうと思った。  まだ何も揃ってない新しい住居の中でふと、いつかここへ智を招待できたら良いなと思った。そんな日が来るかは分からないけれど、いつかそんな日が来たらとても嬉しいなと思った。

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