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30.これから・智⑧

 まだまだ残暑が厳しい9月の休日、オレは汗だくになりながら部屋の大掃除をしていた。ほとんどは昨日のうちに終わらせたから、今日は軽く掃除機をかけたり、忘れてた窓拭きをしたり、トイレ掃除をしたりだった。今日も良い汗かいたよ。そろそろシャワーでさっぱりした方が時間的にも良いかもだな。  何故こんな暑い日にマジメに大掃除をしたかって言うと、兄貴が来るからなんだ。別に兄貴がひとりでウチに来るとかだったら気にしないんだけどね。とりあえず掃除機くらいはかけるだろうけど、きっとそんなもんで終わってると思う。でも今回は「ふたりで行くから」ってセリフに反応したからなんだ。  ふたりっでて言ったらアレだ、兄貴と一緒に来るのは未来の義姉になる予定の優子さんに決まってる。それ以外考えられないし。何故突然ウチに来る気になったのかは不明なんだけど、未来の義弟としては、少しでも兄貴の株を上げるべく部屋をキレイにしてるってワケなんだ。  暮らしぶりがヒドすぎて優子さんから生活指導が入ったりして? イヤイヤ、あの優しそうな彼女に限ってそんなことは無いだろうけど……。 「あれっ、兄さんひとり?」  玄関ドアを開けたら兄貴だけが立っていた。予定が変わって兄貴だけになったのかな? 「嗚呼、すぐ来るから大丈夫」 「そぉ?」 「ほれっ、美味そうな葛饅頭買って来たからさ、麦茶とかあったら一緒に出してくれや」 「わかった。じゃあ準備してるから適当に入って来て」  何故兄貴がひとりでそこに立ってたかはわからなかったが、とりあえずオレは中に引っ込んだ。オレさぁ、ケーキも好きだけど和菓子も好きなんだよ。って言うか、甘いもんなら何でもオッケーなんだけど。葛饅頭も美味しそうだし食べるのが楽しみだ。  葛饅頭と麦茶をテーブルに出してたら兄貴がやってきた。そして兄貴のうしろにもうひとり。 「智くん!」   突然走り寄ってきてオレを抱きしめた。 「お母さん……」  まさか母が来るとは思わなかった。唖然としつつ震える手を彼女の背中に回す。久しぶりに見た母はオレの記憶よりも小さくて、そして少し老けたようだった。 「智くん、ゴメンね、今までゴメンね」  母は泣きながらオレに抱きついてた。まさか再び『お母さん』て単語をオレが口にする日が来るなんて……。 「お母さん泣きすぎ。涙で化粧がグチャグチャだよ」 「もぉ、智くんったら……」  兄貴はそんなオレたちの様子を何も言わず黙って見ていた。  とりあえず、ふたりにはソファに座ってもらい、オレは母にティッシュを差し出した。母は「久しぶりに会えたのにヒドイ顔見せちゃったわ」なんて言いながら涙を拭いていた。 「ホントはさ、いつ会わせようかってタイミング狙ってたんだよ」  落ち着いた頃兄貴がそう教えてくれた。  3年くらい前から、母は兄貴を通してオレの様子を教えてもらってたんだって。そんなの全く知らなかったからビックリだ。ちょっとくらい教えてくれても良かったんじゃないのかな? そう思ってチラっと兄貴の方を見てしまった。  父は相変わらずで、今でもオレの名前が出た途端不機嫌になるんだそうだ。だから兄貴からオレのことを教えて貰ってるってのは内緒なんだって。オレの父はものすごく頑固で厳しい人なんだ。母曰く『へそ曲がりの頑固ジジイ』なんだとか。オレも兄貴も性格は母似らしいからそのへそ曲がりってのは引き継いでないと思うけどね。たぶんだけど。 「でもねぇ、お父さん時々智くんの部屋にいたりするのよ。本人は隠してるつもりだけど」  オレの部屋がそのまま残ってるってのにもビックリだ。  今回こうやって母がオレのところに来たのは、優子さんがキッカケらしいんだ。優子さんはあの穏やかな口調で、でもきっぱりとうちの父に立ち向かったそうなんだ。  自分のダンナになる人の父に立ち向かうってのはすごいなぁって思ったよ。そしてそれはオレたち家族を思ってのことだったみたいだ。優しく穏やかな口調で正論を言った優子さんに、父はタジタジになってたとか。  自分の子供は何をしても可愛いんじゃないんですか?  本当は会いたいんじゃないんですか?  意地を張って寂しい思いをするのは悲しいことですよ。  そんなカンジ。父は仏頂面でそれを聞いてたけど結局ヘンジはしなかったそうなんだ。その様子を教えてくれる母の目がかまぼこになってたから、よほど面白かったらしい。懐かしいね、そのかまぼこ眼。 「結納はちょっとムリかもしれないけど、結婚式は智も参加できると思うよ。だから是非出てくれ」  最後に兄貴はそう言って帰って行った。  オレは今日のことに驚きすぎてその驚きがクルッと一回転しちゃったみたいで、ワリと平然としてたみたいだった。でもふたりが帰った後に時間差攻撃のようなカンジで、脚の力が抜けてへたりこんじゃったよ。  一度壊れてしまったものは完全には元に戻らないと思う、でも少しでも修復できたなら、それはそれで嬉しいことだと思うんだ。壊れちゃった後だから尚更に。  一度壊れてしまったもの……、家族とオレの関係、亮介との関係、そしてタケルとの関係……。  いつの間にかオレはタケルのことを考えていた。信一からのデンワで何となく理解はした。あの日オレもタケルも間違いを犯したんだと思う。それが表面上は無かったことになったみたいだけど、だからと言って気持ちは素直に付いて行けるもんじゃない。オレはタケルにヒドイことをした、その事実は無くならないんだ。  あれからタケルには連絡していない。タケルからも連絡はこない。オレ自身は気まずくて連絡できないって状態だし、もしかしたらタケルもそうなのかもしれない。 「次にタケルに会ったときは普通に友人として接してやってくれや」  信一のセリフが思い出される。ごめんよタケル、いつかまたって思うけど今はまだその勇気が無いや。タケルに連絡するにはもう少し時間が必要みたいなんだ。こんなことになったけど、オレはタケルとは友人でいたいと思ってるんだ。もし可能なら、そうなれたら嬉しいと思う。だからもう少し時間をくれ。

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