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31.これから・智⑨
「智、亮介! 今からものすっごく重要なことを話すからな。ふたり共ちゃんと心して聞きやがれだ!」
信一ご乱心?
信一には悪いけど、マジでそんな風に思っちゃったよ。だっていきなりそんなセリフを言うんだもん。
今日は信一と一緒に亮介の新居にお邪魔してるんだ。オレは亮介は実家暮らしだとばかり思ってたんで、ひとり暮らしってのには驚いた。そう言えばそこらへんの話はしたことが無かったような気がする。
ここへは信一に誘われてやってきたんだ。亮介の家にお邪魔するってのは亮介のプライベートを覗くような気がして、実を言うと最初は遠慮したんだ。あまり踏み込みたくないってのと、もしかしたらショックを受けることがあるかもしれないって思ったからなんだ。だけど信一はオレのそんな気持ちにはお構いなしで「折角こうやって3人で会えるようになったんだからさ」って言われて、加えて「3人で久しぶりに高校の頃の話で盛り上がろうぜ」なんて言われちゃったら断る方が悪いって気になっちゃったんだ。
3人で集まるってのは大学卒業から最近までは事情があってムリだったから、きっと信一はそれを残念に思ってたんだろうな。これに雅人が加われば、高校時代の仲良しグループの野郎組になるんだよな……。今はもう亮介と会ったりしてるんだから、次の同窓会にはオレも顔を出してみようかなって思った。
お邪魔した亮介の新居はめちゃ広かった。家具も家電品も全部真新しくて、もしかして亮介って結婚を控えてるんじゃないかって思ったんだ。そう思ったと同時に胸の奥がツキンとして、平気な顔をするにちょっと努力が必要だった。
信一が無遠慮にドアと言うドア全てを開けてたから亮介が焦ってて、そんな亮介の顔を見るのは楽しかったけど。
最後に見た部屋は空き部屋だった。
「今んとこ使い道が無くて空き部屋。そのうちに何か考えるつもりだよ」
そんなセリフを聞いたらまた胸の奥がツキンとした。きっと将来を考えてのことだろうから、子供部屋として空けてあるんじゃないかと思ったから。亮介と公園で話したときはそんな予定は無いって言ってたけど、きっとそれはオレを気遣ってのことだったんじゃないかと思う。やはり来なきゃよかった。来てしまったことを後悔してるけど、もう既にオレはここにいるワケで……。
小さく深呼吸することで自分自身の情けなさを追い払い、黙ってふたりの後を付いていった。
その後リビングで3人で雑談をした。どちらかと言うとオレは聞き役に徹して、話しをふられたときだけ話すようにしていた。気持ちが沈んでることを隠すにはその方が良いと思ったからだ。
雑談が一段落ついて3人の間に沈黙が漂ったとき、突然信一が立ち上がった。
そして冒頭のセリフに至る。
呆気に取られて信一の顔を見た。信一とは高2からの長い付き合いだが、こんな突拍子も無い行動に出たのは初めてじゃないかと思う。だから咄嗟に『ご乱心?』って思ったワケ。
「いいかふたり共、よーく聞けよ!」そう言って信一は亮介の方を見た。
「亮介喜べ、智は今も変わらず亮介のことが好きだぜ。智は否定してるがそれはウソだから。オレにウソ付いたってバレバレだっつうの」
亮介は最初ポカンとした顔をしていたが、途中からその表情が変わったようだ。でもオレはそんなのを見てる余裕は無い。何でそんなこと言うんだよ。今の信一の言葉、何と言ってごまかそうか? 亮介の迷惑になりたくないのに、オレのこの気持ちは今の亮介には不要なものなのに。そんな冗談言うなよって笑って亮介に――。
「智!」 少々強い声で呼びかけられて、オレは慌てて信一の方を向いた。
「安心しろ智、亮介もおまえのこと好きだから。「愛してる」って言質も貰ってあるしな」
亮介が?
オレのこと……を?
唖然として何も考えられないでいる間も信一の言葉は続いていた。
「あースッキリ! つーことでお前らさっさとくっつきやがれ。そしたらタケルも諦めがつくし、オレも何の心配もなく及川ちゃんとイチャイチャできるってもんだ。じゃあオレは先に帰るからな。あっ戸締りはちゃんとしないとマズいか。亮介、オレが出たらドアの鍵よろしく」
そう言って亮介の腕を引っ張りながら玄関の方へ消えてった。
亮介が、オレのことを、愛して……る?
そんなことあるハズがない、あり得ない。オレたちが別れたのはもう何年も前のことで、その間亮介には亮介の生活があって、亮介は普通に女の人と恋愛して結婚して――。
「智?」
声かけられてソファから立ち上がってしまった。顔を見れなくて俯いてしまう。
「智」
再度オレの名が呼ばれて、そしてオレは亮介に抱きしめられていた。思わず身体に力が入る。
「信じて……いいのか? 信一の言ったことは本当なの、か? 智、智は今でもオレのことが好きだって信じていいのか?」
「…………」
亮介の言葉にオレは何も答えられなかった。ウソだって言った方が良いに決まっている。でも「違う」って言葉を口にしようとしても、どうしても出来なかった。
「オレ今でも智のこと好きだよ。忘れたことは一度も無いし、信一の言った「愛してる」ってのは本当のことだ。だから智、お願いだから智も言って」
オレは……どうしたら良いんだろう?
オレの気持ちは?
オレの本当の気持ちは?
オレの願いは?
「亮介、ゴメン、離して。離して……くれないか?」
「智?」
亮介は不安そうにオレを見ていた。オレが悪かったんだと思う、亮介のことを吹っ切れなかったオレが。そしてオレたちはやっぱり会うべきじゃなかったんだ。
「ホントはウソをついた方が良いんだろうけど……、うん、そうだね、信一の言った通りオレは亮介のこと好きだよ。情けないことにずっと忘れられなくてさ。でもさ、やっぱもう忘れるわ。だから亮介もさ、オレのこと忘れてくれない?」
「な、んで?」
「なんであのとき亮介の親が、オレたちを無理矢理別れさせたかわかるか? 亮介には普通の生活をして欲しかったんだよ。結婚して家庭を持って子供を作って……。男同士なんて世間に内緒にしなきゃいけない生活じゃなくてさ。その願いはオレも同じ、オレは亮介にはそんな普通の幸せを手にして欲しい」
「でもオレは、オレは智が好きだ。智だけが好きだ。智しか好きにならない」
「亮介なら大丈夫だよ、ゲイじゃないんだし。きっとあのとき、あんな別れ方をしたから引きずってるだけだよ」
「と……も?」
「今度こそちゃんと別れよう」
「イヤ……だ、イヤだ。お願いだ智、そんなこと言わないでくれ、お願いだから、智!」
目の前で亮介が泣いている。オレも泣いてるのかもしれない。
「さっき言ったことはオレの一番の願いなんだ」
オレは亮介の目元に手をやって、親指の腹で涙をぬぐってやった。
「オレのことが好きならさ、オレの一番の願いは聞いて欲しい。オレのことなんか忘れて、普通の幸せを手に入れて欲しい。今度こそオレも亮介のこと忘れるから」
それからオレは亮介の家を出た。
オレの一番の願い。亮介と再会できて何故かすっかり忘れちゃってたよ。まさかこんなタイミングで思い出すなんてって思うと苦笑いしちゃうよね。
亮介には幸せになって欲しい。そしてそれはオレと一緒にいることじゃないんだ。
亮介の番号とアドレスは消すんじゃなくて受取拒否に設定した。きっとその方が良いと思ったから。それからオレは普通の生活に戻った。
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