32 / 61
32.その後・智①
暑い暑いと言っていた日々がいつの間にか過ぎ去り、気がつけば服装も長袖のシャツの上にジャケットを羽織って丁度良いくらいになっていた。12月にはまだ10日以上あるにもかかわらず、どの店もクリスマスの飾りつけで賑やかになっていた。
先日、兄貴と優子さんの結納が行われたそうだ。結婚式はお互いの仕事と式場のスケジュールの関係でゴールデンウィークに決まったと言っていた。だから新婚旅行はちょっと長めに取ることができたらしい。結婚を決めてから実際に式を挙げるまで1年ってのは長いのか短いのか分からないけど、その間にいろいろやることもあるだろうから、もしかしたらこんなもんなのかもしれない。
あの日亮介と別れてから、オレは努めて普通の生活をした。たまたま新しいプロジェクトを受注出来そうだったので、それ絡みで残業や休日出勤をする日も多く帰宅は深夜になることも度々あったりした。
一度コウから連絡があったけど、忙しかったので遊びの誘いは断った。信一からは連絡は来てない。及川女史とイチャイチャしたいって言ってたし、オレが忙しいのは彼女を通じて知ってるんじゃないかと思ってる。そんなワケでオレは仲の良い仲間たちとも会わない日々が続いていた。
亮介のことはなるべく考えないようにした。時々思い出して胸が痛いけど、オレのしたことは間違ってはいないと思うから。
普通に結婚して家庭を持って幸せな生活を築いて欲しい。
この思いは今でも変わらない。ムリして同性愛の世界に来るべきじゃないんだ。だから普通の生活をして欲しい。
「智ちゃん今夜ウチにいる? オレ今から行くから。用事があっていなくても合鍵で勝手に入るからね!」
「夫婦喧嘩?」
「あんなヤツ知らないっ」
「そこは実家――」
「だから智ちゃんちがオレにとっては心の実家!」
思わず苦笑い。久しぶりにカイトさんから連絡が来たって思ったらこれだもの。着替えを返さないでおいて正解だったみたいだ。夫婦喧嘩の理由は知らないけど、まあカイトさんのことだから、ブツブツと愚痴って理由を教えてくれるんだろうな。
とりあえずオレは晩メシの用意をしながらカイトさんが来るのを待つことにした。きっとまだ食べてないと思ったから作ったのはふたり分だ。料理上手なカイトさんに食べてもらうのは毎回気がひけるけど、頭に血が上ってる状態だから味なんか気にしないハズ。
それにしても忙しいのがやっと一段落して今日は久しぶりに早く帰ってきたんだけどさ、カイトさんタイミング良すぎ。狙ったワケじゃないんだろうが、偶然ってすごいね。
そうそう、カイトさんはオレんちの合鍵を持ってるんだ。ケンカの度に来てたからね、家の前で待たれるのもイヤで、オレの方から渡したんだよ。だからカイトさんの言う『心の実家』って表現はハズレってワケでもないのかも。
「智ちゃーん!」
勝手に玄関を開けて入ってきたカイトさんは、台所にいたオレに後ろから抱きついた。
「はいはい、メシ食べるでしょ、手洗ってきたら?」
「さすが智ママ、行ってきまーっす」
オレの方が年下なんだけどな……。
食べながら聞いた話はこうだった。
カイトさんの打ち合わせが終わったのが、たまたまケンスケさんの仕事終わりの時間に近かったから、一緒に帰ろうと思って職場に迎えに行ったんだそうだ。そしたらたまたまケンスケさんが職場の同僚とじゃれてた……と。カイトさんの目にはイチャイチャしてるように見えたらしい。
「その同僚の人って、カイトさんとケンスケさんのこと知ってるの?」
「一応……知ってる……けど」
今までの経験からすると、今回のケースは一晩ほっとくのが一番だ。焼きもち焼いたその気持ちを持て余してるだけだからね。明日になったらケンスケさんが迎えにきて普通に帰って行くハズだし。おっと……、念のためケンスケさんにメールしとくか。オレんちにいるってのは分かってると思うけど。
そう思ってスマホを手に取ると、既にケンスケさんからのメールが届いていた。予想通り明日迎えにくるそうだ。
「カイトさん、とりあえず風呂入っちゃったら? それからのんびりしようよ」
「ハーイ」
そしてオレはケンスケさんにデンワした。「怒ってたか?」と聞かれたので「もう機嫌は直ったっぽいよ」と答えておいた。
オレが風呂から出てくると、カイトさんは缶ビールを飲んでいた。オレんちにビールが無いのを知ってるから、それはカイトさんがここに来るときに買ってきたものだ。オレは冷蔵庫からジュースを出してコップに注いでカイトさんの隣に腰掛けた。
「智ちゃんがお酒飲めたら付き合ってもらうんだけどねぇ」
「うーん、残念だけどね」
缶チューハイの1本くらいなら飲めるんだけどね。でも途中で寝ちゃう可能性もあるからヤメといたんだ。カイトさんが来てるのに寝たら悪いし。
「そう言えばさぁ、亮介くんて元気?」
「えっ?」
「あれ以来ずーっと会ってないからさぁ、元気なのかなぁって思って」
「…………」
「あれっ、亮介くんと会ってないの?」
「会って……ない」
「なんでー?」
「なんでって……」
「とーもちゃん?」
「なんでって……、今度こそちゃんと亮介と別れたから」
その後オレはカイトさんに全てを話すハメになった。追求の手が厳しくて、尋問官も真っ青ってカンジだよ。無理矢理答えさせるわけじゃないんだけど、こんなときのカイトさんは必ず答えるように仕向けちゃうんだ。
「智ちゃんてさぁ……、へそ曲がりの意地っぱりって言われたことない?」
ため息とともにカイトさんにそう言われた。
翌日カイトさんは迎えに来たケンスケさんと一緒に帰って行った。
ふと、母が父のことを『へそ曲がりの頑固じじい』と称してたのを思い出した。いやいやオレの性格は母似のはずだ。
ともだちにシェアしよう!