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34.その後・亮介①
人間て慣れる生き物なんだと思う。悲しくて、つらくて、心が死んだようになってても、その状態が続いたら慣れてくるんだ。きっと今がそんなカンジなんだと思う。もう痛みを感じないから。
社会人である以上、それなりに責任もあって仕事はしないといけないワケで、毎日出社して仕事して帰宅して寝る……、オレはただそんな生活を繰り返していた。ぐっすり眠れたことはないけれど、横になってたら少しは疲れが取れるから、とりあえず帰宅後はベッドに横になっていた。食欲はほとんど無く最初は全然食べれなかったけど、最近は機械的に口に運んでるような状況だ。少し痩せたと思う。スーツが大きく感じるから。
職場でのオレはもともと無駄話はしないし表情も変わらないから、誰もオレの状態に気がつくことは無かったようだ。心が虚ろでも仕事は出来る……、不思議だなぁとも思う。
休日はほとんど何もしないで終わってしまうことが多い。ぼんやりしてて、気がついたら夜になってるんだ。別に何かをしたいワケじゃないから問題ないけど。
メールもデンワも拒否設定されていて、オレは智と連絡を取ることが出来なかった。住んでる場所も知らなくて、オレの方からは何も出来ることは無かった。
信一に相談することを考えなかったワケじゃない、でも結局出来なかったんだ。目の前ではっきりと智に拒絶されてしまったから。
「オレのことが好きならさ、オレの一番の願いは聞いて欲しい。オレのことなんか忘れて、普通の幸せを手に入れて欲しい。今度こそオレも亮介のこと忘れるから」
ヒドイよ智、そんな願い聞けるワケがないじゃないか。
忘れるなんて出来ないし、智以外好きになんかなれない。
なんでこうなっちゃったんだろうか?
同性だから?
男同士だから?
普通の幸せって何だ?
オレは智がいれば幸せなのに……。
「智……」
本当のこと言うともう生きていくのもイヤだ。でもオレは臆病で弱虫だから、ただこうやって何もせず生きていくんだと思う。
ボーっとしてたら突然インターフォンの音が聞こえてきた。きっとセールスや勧誘の類だろうと無視したんだが、何度も何度もしつこく鳴る音にとうとう重い腰を上げることになった。
「……ハイ」
「亮介くーん、カイトだよぉ。わかる? オレのこと覚えてる?」
「えっ? あの、ちょっと待っててください」
全く予想もしない人物にオレは慌ててドアを開けた。
「やっほー久しぶり! 良かったよぉオレのこと覚えててくれて」
ドアの向こうにはカイトさんとケンスケさんが立っていた。戸惑うオレをよそに、ふたりは勝手に家の中に入ってきていた。
「あの……」
「へぇ~ここが亮介くんの家かぁ。広いね。でも予想通り散らかってるねぇ。部屋の散らかりはさぁ、心の様子を表すんだよぉ」
ニッコリしながらそう言われたんだが、ぼんやりしていたオレの頭はまだこの状況に付いていけず、何と返して良いのかわからなかった。
「じゃあとりあえず掃除しちゃおっか。亮介くんはシャワー浴びてきなよ。あっケンスケ力持ちだからねー、抵抗したら強引に着てるもの剥かれちゃうよぉ」
「そう言うことだ。さあ風呂行くぞ。それともオレに脱がして欲しいか?」
風呂場はこっちかなぁ~、なんてケンスケさんのセリフとともに連れてこられたんだけど、オレはまだこの状況についてけなくて、脱衣スペースでぼんやりしてしまっていた。
「あれっ、やっぱオレに脱がして欲しいの? それとも一緒に風呂入る? でも一緒に入ったら洗うだけじゃ済まないよ~」
ニヤっと笑ったケンスケさんの顔を見て、慌てて風呂場に逃げ込みシャワーを浴びた。身体を洗いながら少しずつ思考力が戻ってくる。あの人たち、いきなり何しにきたんだ?
「おっ、結構立派なモンついてるじゃん」
ドアを開けたらバスタオルを持ったケンスケさんが立っていて……、オレは慌ててそのバスタオルを引っ掴み腰に巻いた。そこはかとなく身の危険を感じるんだが、気のせいだろうか?
「とりあえずヒゲも剃りな。着替えはどこだ?」
「寝室」
「んー、じゃあ剃った後に移動だな」
逆らえる気がしなかったので黙ってヒゲを剃り、それから新しいバスタオルを出して身体を拭いた。何となく、腰に巻いてるバスタオルは外しちゃいけないと思ったんだ。
リビングは既に掃除機がかけられてスッキリしていた。カイトさんは台所の掃除に取り掛かっているようだった。
ここはオレの家なのに、何故この人たちは勝手に掃除なんかしてるんだ? 考えても全く分からなかった。それにここの住所はどうやって知ったんだろうか?
「まあまあシャッキリしたみたいだねぇ。んじゃさぁ、とりあえずメシ食おうぜ」
寝室から出たオレを見たカイトさんがそう言いながらテーブルにいろいろ――おにぎりと、いろんなおかずが入った大きなタッパー数個――並べだした。
「あの……?」
「まぁとりあえず座って食べようよ。話はそれから」
飲み物も持参したらしく水筒から何か――どうやら味噌汁らしい――を注ぎながらオレに言った。
「ムリしなくて良いからねぇ~、食べれそうなモノだけ食べてねぇ」
抵抗する気力もなかったので、目の前のおかずから食べれそうなものを小皿に取り、オレはゆっくり食べはじめた。
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