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52.ReSTART・智②
2月の最初の土曜日。この日は必須な用事を済ますべく亮介と一緒に出かけて、そこで少々事務的なことを行った。それから気晴らしを兼ねてショッピングモールへ。ふたりで雑貨や服やDVDなんかを見て回るのは、単純に楽しかった。ついでにゲーセンにも立ち寄ってみた。ゲームなんて高校以来だ。きょろきょろしながらふたりで出来るゲームを見つけては楽しんだ。かなり久しぶりにはしゃいだような気がする。ホント、良い気晴らしになったし。
夜は亮介の家に泊まって、そこから……実家へ向かった。
「どんなに遅くなってもいいから連絡をくれ。迎えに行くから」
そう言って亮介に送り出された。
「おっ、来たか! じゃあ行こうか」
最寄り駅では既に兄貴が待っていた。さすがにひとりで実家へ行く勇気が無くて、一緒に帰ってもらうことにしたんだ。兄貴もそこらへんは理解してくれたみたいで、文句も言わずに迎えに来てくれた。
「ただいまー」
玄関を開けて兄貴が中に入った。この場合オレは何と言ったら良いんだろう? 「ただいま」って言って良いのかどうか分からなくて、結局無言で中に入った。久しぶりの実家だけど、緊張して周りを見る余裕が無いや。
「智くん、おかえり」
「……ただいま、お母さん」
玄関を上がったところで待ち構えてた母に抱きしめられた。少しだけ緊張がほぐれて、オレは……たぶん小さな笑みを浮かべたと思う。母に会うのは去年の9月以来だ。変わらず元気でいてくれて嬉しい。
「今お茶淹れるから、座っててね」
母に促されてリビングに向かうと、一人掛けソファに父が座っていた。ものすごく不機嫌そうなその顔に一瞬たじろいでしまったが、ここに来てしまった以上逃げるワケにもいかないので腹をくくった。深呼吸をひとつ。
「お久しぶりです」 そう言って、ペコリと頭を下げてからソファに腰掛けた。
自分の父なのに他人行儀なセリフだってのはわかってる。でもそれ以外のセリフが思いつかなかったんだ。遅れてリビングに来た兄貴が、気詰まりな空気を気にせずオレの隣に腰掛けた。でも本当は気にしてるんだろうね、座った後苦笑いしてたから。
「お父さん、いつまでそんなふくれっ面してるんですか。いいかげんにしてくださいな」
お茶を持ってきた母がそう言って父を嗜めた。どの家庭でもそうだと思うけど、日常生活においては母が一番強いんだろうね。母の言葉に一瞬拗ねたような表情をした父がオレの方へ顔を向けてきた。
「仕事は順調なのか?」
「えっ? うん……、おかげさまで食いっぱぐれること無くやらせてもらってる」
「そうか……」
それっきり父は黙り込んでしまった。見かねた母が会社や仕事のことをオレに聞いてきた。去年会ったときに母には話した内容だったけど、きっと父に聞かせるために質問したんだと思う。だからオレは素直にいろいろ説明した。話ながらチラッと父を伺うと、オレの言葉に耳を傾けてるようだった。
ひと通り語った後また沈黙が広がった。ふと視線を感じて顔を向けると、そこにはかまぼこ眼の母の顔が……。何だろうね? オレに何を期待してるんだろうね? 内心苦笑いだったりするんだけど。
「……時間が出来たらゆっくり帰ってこい」
「――ッ! あ、ありがとう」
オレを見つめる母の表情が、悪戯っぽいかまぼこ眼から優しそうな顔に変わっていた。とりあえず、父からのお許しが出たってことになるのかな? 隣に座った兄貴もニコニコしてたから、きっとそうなんだと思う。でもまだ実感が無いや。あまりにも呆気なくて……。
「智くん、今夜は晩御飯食べてくでしょ? お母さん腕をふるうから」
「もう少ししたら優子も来るよ。智に会いたがってた」
ぎこちない空気を払拭すべく、母と兄貴がそう言った。父は相変わらず不機嫌そうな顔だったけど、それも少し柔らかくなったような気がした。
「お母さん、兄さん、それに……お父さん、実はオレの方からも話があるんだ」
今日父に会うのも緊張したけど、実のこと言うと、これからする話の方がもっと緊張するんだ。でもここに来るとき今日話すって決めてきてたし、話すタイミングとしては今しか無いと思うから、だからオレは下を向いて呼吸を整えた後、一番重要なことを話始めた。
「去年亮介と再会した。それから……、これはふたりで決めたんだけど、亮介とまた一緒に住むことにしたから」
オレの言葉に父も母も驚いた顔をしていた。ただ兄貴だけは普段と一緒、穏やかな表情でオレの言葉を聴いていた。
「オレ、さ、亮介が好きなんだ。あれから何年も経つけど結局気持ちは変わらなくて。亮介もオレと一緒で気持ちは変わらなかったって。だから……、また始めることにしたんだ」
「お前は、また……過ちを繰り返すと言うのか?」
「うん、ゴメン、最初に謝っとく、ごめんなさい。許してくれとは言わない。過ちだとは思ってないよ。出来ることなら事実として受け入れて欲しいと思ってる」
「智くん、あの……」
「念書はもう無いよ、お母さん。亮介がオレの目の前で破り捨てたから」
そう言いながらチラリと兄貴の方を見た。やっぱり表情は変わってなくて穏やかなままだった。根拠は無いんだけど、兄貴は予想してたんじゃないかなって思った。
呼び鈴が鳴って、兄貴は慌てて玄関へ向かって行った。そう言えば優子さんが来るって言ってたっけ。こんな場面を見せちゃうのは申し訳ないかな。でも、いずれは知ることになるから、まあ……。
「男同士ってことでいろいろ言う人は出てくるかもしれないけど、亮介もオレも堂々としてようって決めたんだ。ちょっとだけ周りと違うだけで恥ずかしいことをしてるワケじゃないから。お父さんやお母さんが『恥ずかしい』とか『世間に顔向けできない』って思うことには仕方ないと思ってる。だからちょっと悲しいけど、受け入れてもらえないんだったら今まで通りここには来ないようにしようと思う。それとあとひとつ……、これだけは本当に申し訳ないと思ってる。孫の顔を見せてあげれないでごめんなさい」
ペコリと頭を下げた。オレから伝えたいことは全て言えたと思う。だから、拒絶されたとしてもそれは受け止めようと思ってる。不思議だね、緊張したのは最初だけで、あとはずっと穏やかな気持ちで話せたし。
「孫は大丈夫ですよ。私は沢山子供が欲しいと思ってるから」
「優子さん!」
「こんにちは智くん、お久しぶりです」
リビングの入り口に兄貴と優子さんが立っていた。さっきのオレのセリフを聞いてたんだと思う。以前会ったときと同じように、ふんわりとした笑顔だった。
「智くんは……、それが智くんにとっての幸せなの?」
「うん、そうだよ。オレには亮介が必要なんだ」
おずおずとした母の質問にオレはきっぱりと答えた。
「勝手にしろっ!」
それまで黙っていた父がそう言ってリビングを出ていった。オレは何も言わず、でも心の中でだけ父に謝った。
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