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53.ReSTART・智③

 せっかく父がオレを許そうとしてくれたのに、それを拒否するようなカンジになってしまって、オレってつくづく親不孝だなって思った。別のタイミングの方が良かったんだろうか? とは言え、現状では今言うのが一番のタイミングだと思ったんだ。  一度は勘当された身だし、受け入れてもらえないってのは今まで通りで何も変わらない……。そう思いたいけど、やっぱりキツイものがある。でもまあ自分から言ったことだし、この状況は甘んじて受け入れようと思った。 「一家団欒の予定だったんだよね。ぶち壊しちゃってごめんなさい」  もう一度オレは皆に向かって頭を下げた。 「オレ……、そろそろ帰るから」 「待って智くんっ」  帰ろうと思って腰を上げたら母に引き止められた。 「ごはん、ごはん作るから。持っていって、ね。だから少し待ってて」  そう言って母は台所に向かって行った。優子さんは何も言わなかったけど、母の後を追って台所へ向かって行った。  せっかくの好意を無にしちゃいけない、そう思って黙ってソファに座りなおした。ちょっと情けない顔をしてたと思う。そんなオレに、どっかりと隣に座った兄がニヤニヤしながら話しかけてきた。 「去年亮介くんがオレに会いに来たときから、何となくこうなるんじゃないかって思ってたんだよなぁ。やっぱりなぁ……」 「兄さんは……、オレに会わせたくないって亮介に言ったんでしょ?」 「まあな、そう思ったのは事実だ。会ったら会ったで辛いだろうなって思ったしな。それに、会ったら絶対ひと波乱あるって想像できてたし」  その波乱ってのは今のことだろうか? それとも……。 「ここにボケっと座ってるのもヒマだろ? 久しぶりに自分の部屋に行ってみたらどうだ? 今もそのままになってるぜ」  そう言って兄貴はリビングを後にした。そうだな、何もしないで待ってるのもヒマだし、ちょっと覘いてみようかな。 「うわぁ、懐かしい……」  久しぶりに入った自分の部屋は本当に当時と何も変わってなかった。大学時代はここに住んでなかったのもあって、オレが高校を卒業したときのままだった。本棚には高校の教科書や参考書が並んでるし、その脇にはゲームソフトが並んでる。机の引き出しを開けるとノートがあった。一番上は物理のノート……。オレは物理と数学があまり得意じゃなくて、亮介に教えてもらったりしてたんだ。逆にその他の教科はオレが亮介に教えてた。一緒の大学に行きたくてふたりで頑張ったんだよなぁ……。ホント、何もかも全てが懐かしく思う。  ふと見るとアルバムが入ってた。中を見てみると修学旅行の写真だった。ゆっくりと1枚1枚見ていく……。信一は、このときはまだオレよりちょっと高いくらいの身長だったんだ。今のあのデカイ姿からは想像できないくらい可愛いくて、思わず笑っちゃったよ。そして亮介はやっぱりかっこよかった。今に比べると少々幼さはあるけどね。そして悲しいことにオレはあんまり変わってなかった。ちょっと複雑。  いろんなことを思い出しながらゆっくりとアルバムを見ていたら、カチャリと音がして父が入ってきた。驚くとともに緊張する。 「お父さん……」 「おまえが行くのは茨の道だってのを分かってるのか?」  ドアを閉めた父は静かにオレにそう問うた。 「わかってるよ。でも、ひとりじゃないから、亮介と一緒に進むから」  オレも静かにそう答えた。亮介がいる、それに仲間もいる、偏見を持つ人はいるけど理解してくれる人もいるんだ。だからオレは胸を張っていれるんだ。 「オレは頭の硬い人間だ。それは自分でも自覚している。だからお前のことは理解できない。どうしても常識を考えてしまうからな。オレは父としてお前の教育を間違ってしまったのか?」 「違うよ、お父さん。たまたま好きになった人が同性だっただけなんだ。お父さんもお母さんもちゃんとオレのことを育てたと思うよ。だから今こうやって社会人としてやっていけてるんだ」  厳しい人だと思う。亭主関白なんて最近の家庭では少なくなったと思うんだけど、父はその単語が似合う人だと思う。だからオレは今初めて父のこんな姿を見てるんだ。オレには見せないけど、きっと色々悩んだんだろうな。本当に申し訳ないと思った。 「今はまだ無理だ。まだ混乱している。時間をくれないか」 「うん、大丈夫だよ。いつでも、お父さんの良いタイミングで呼んでくれたら」 「そうか……」  それから父は部屋を出て行った。お父さんありがとう。オレは心の中でだけそう呟いた。きっといつか父と笑い会える日がくると思うから。だから今日話したのは間違ってなかったんだ。大きく息を吐いて、やっと少しだけ安心した。 「今度、智くんと亮介くんに会いに行って良い?」  どう見ても、4人分はありそうな『晩ごはん』をオレに手渡した母がそう聞いてきた。もちろん大歓迎だ。母自身も今はまだ混乱してると思うけど、それでも理解しようとしてくれてるんだと思うんだ。それはとても嬉しいことだから。 「じゃあそのときは、私も透さんと一緒にお邪魔していいかしら?」 「おっ、そうだな。皆で乗り込むからよろしくな」  優子さんと兄貴が便乗してそんなことを言ってくれた。 「引越しは今度の土曜だから。落ち着いた頃来てくれたら嬉しいよ。亮介にも言っとくから」  そう言ってオレは実家を後にした。やっぱりオレの家族は最高だと思う。家を出た後、少し泣きそうになったし。  亮介に連絡したら駅まで迎えに来てくれた。車でオレんちまで移動して、ふたりで『晩ごはん』を一緒に食べた。数年ぶりに味わう懐かしい母の味だ。亮介は何も言わずにオレの話を聞いてくれて、そして最後にクシャっとオレの頭を撫でてくれた。昔からのその仕草にやっぱり安心してしまった。 「よかったな」  その言葉とともに……。

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