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57.ReSTART・智⑥

「智之助ぇぇぇぇっ!」 「うわっ」 「わはははっ、相変わらずちっちぇ~」 「おんなじ身長じゃん、ちっちぇえ言うなー」  超久しぶりに会ったと言うのに、美鈴さんはやっぱり美鈴さんだった。亮介曰く『残念な人』。うん……、悪いけどオレもそう思う。美鈴さんはホント、黙ってたら極上の美人ってカンジなんだよね、黙ってたら……。そして何故かオレのことを『智之助』って呼ぶんだよ。しかもご丁寧に漢字まで合わせて。 「姉貴そろそろ離れろ。智が穢れる」 「亮介、あんたねぇ……」 「どっちにしろ離れないと智が中に入れん」  そうなんだよ。オレが今いるのは玄関のタタキなんだよ。オレはまだ靴も脱いでないんだぜ。そして美鈴さんは一段高い場所からオレを抱きしめて「ちっちぇ~」って言ってるんだ……。気にしてることを。まったくもう……。  渋々離れた美鈴さんの向こうに男性と子供がふたり……。 「拓也さんお久しぶりです。ご無沙汰してます」 「久しぶりだね、智くん。ほれっ、これがうちの息子、睦月と葉月だ」  やっぱり井川家の遺伝子だろうか? 息子ふたりは小さいながら整った顔をしていた。睦月くんは可愛いカンジで葉月くんはやんちゃなカンジだけど、どちらも将来確実にモテると思う。性格は……、美鈴さんには悪いけど、拓也さん似であって欲しいな。口に出しては言わないけどさ。 「こんにちは」 「こんちぃわ。睦月3しゃい」 「こんにちあっ。葉月4さい」 「ちゃんと挨拶できるんだ。エライねぇ」  子供ってやっぱり可愛いね。小さいうちからちゃんと挨拶できるって良いことだと思うんだ。やっぱり拓也さんの教育だろうか? 美鈴さんには失礼だけどそんなことを考えちゃったよ。でもまあやっぱり男の子だね、オレに挨拶した直後亮介に突進してって蹴りとか入れてるし。亮介はダブルヒーローに倒される悪役ってところなんだろうか。 「葉月、睦月、パパと亮介は出かけるからこっちおいでー。おやつ食べるよぉ」  とりあえず亮介がふたりに倒されたあたりで、美鈴さんが声をかけた。そうなんだ、オレは今日はここに遊びにくるのが目的だけど、亮介は実家に顔を出すのが目的なんだ。オレたちのことを話してくるって。どんな話し合いになるのかは分からないけど、まあ……、オレとしては何も言えないや。 「じゃあ後で」 そう言って亮介は拓也さんと一緒に出かけて行った。 「そんな智くんまで緊張した顔しても仕方ないじゃないのー。なるようになるって。ほれチビたち、おやつ食べるよぉ。智くんのもあるからね、食べて大きくなれよー」  強張った顔をしてたオレを気遣ってのセリフだと思うんだけど、ひと言余計なんだよなぁ。残念ながら成長期は終わってるからこれ以上背は伸びないんだし。くやしいけど。  おやつはダイニングで食べることに決めてるらしく、子供たちは大人しく席についた。椅子にちょこんと座って目をキラキラさせておやつが出てくるのを待ってるし。 「ねぇ、亮介もこんなカンジだったの?」 「亮介? あいつはクソガキだったよ。小さい頃は全然落ち着きなくてさぁ」  ひとしきり亮介の小さい頃の話を教えてもらった。姉目線だからかなり辛口なんだろうけど……。高校のときはよく亮介んちに泊まりに行ったりしてたけど、考えてみたら小さい頃の話は一度も聞いたことが無かったんだ。やんちゃ小僧のエピソードって楽しいね。  子供たちはリビングに移動して、何やらごそごそやっていた。時々クスクス笑う声が聞こえてくるから、きっと良からぬことをやってるんだろうな。 「そう言えばありがとう。亮介に再会できるきっかけを作ったのは美鈴さんだって聞いたよ」 「えっ? ああ、たまたま偶然だったの。それまで全然知らなかったしねぇ」 「驚いたでしょ」 「驚いたよー。でもまあ良かったんじゃないの? 収まるべきところに収まったワケだし」  美鈴さんはニコニコしながらそう言ってくれた。亮介の身内からそう言ってもらえるとやっぱり嬉しいや。  その後リビングへ移動すると、折り紙と画用紙とティッシュが部屋いっぱいに散乱している状況だった。画用紙にはクレヨンで絵を描いたらしく、そして彼らの芸術センスは画用紙より大きかったみたいだ。テーブルがクレヨンまみれになってたからね。小さい子供のいる家ってこんなカンジなんだってちょっと感動。もちろん美鈴さんは頭から湯気を出してたよ。  3時間後くらいだろうか? 亮介と拓也さんは疲れたような様子で戻ってきた。 「智、帰ろう」  話し合いのことは気になったけど、今はまだ聞かない方が良いみたいだったので素直に帰ることにした。車の運転を替わろうかと思ったんだけど「運転してる方が気がまぎれるから」って言われたからそっとしておいた。  帰宅後、亮介は何も言わずオレに抱きついてきた。オレも何も言わず腕を亮介の背中に回し、トントンとあやすように触れてった。少しでも亮介の気持ちが休まるように。 「お袋は半狂乱だった。絶対に認めないって」 「井川家を潰す気かって、鬼の形相だった」 「親父は……、理解したような諦めたような感じだった」 「義兄さんが間に入ってくれたんだけど、逆に今度は義兄さんがお袋に攻撃されたし」  オレに抱きつきながらぽつり、ぽつりと亮介は話し出した。上手く行かなかったんだろうなって予想は付いてたけど、仕方ないか、すぐに受け入れて貰えるなんて思ってないから。時間が必要だと思うから。 「いつか理解してもらえる日がきっと来るさ」  静かにオレはそう言った。

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