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58.ReSTART・智⑦

 何だかんだと忙しい毎日を送っていて、気がついたら4月も後半だ。ウチの会社の今年の新入社員は16名で、今は研修で毎日課題とかに取り組んでるみたいだった。新人の中で特に有望そうなのが2名程いて、マネージャー同士で新人争奪戦が繰り広げられてるらしい。優秀な新人カモンってね。ウチのマネージャーには是非頑張って貰いたいと期待している。  そう言えば統括マネージャーからマネージャー試験を受けないかと言われてる。オレはサブマネージャーの中では一番年下で経験も浅いから、できれば受けない方向で行きたいんだけどな。波風立てたくないし……。  3月末には亮太が奥さんと子供を連れて遊びに来てくれた。亮太は亮介の1コ下の弟で亮介よりデカい。でもって奥さんもオレよりデカかった……。オレの身長は168cmで決して低いってワケじゃないと思うんだけど、何故か周りはデカいやつ等ばかりで面白くないんだ。  亮太は4月から九州へ転勤ってことで、その挨拶も兼ねて遊びに来たみたいだった。子供は去年生まれたばかりで『夢』と言う名の可愛い女の子だった。 「亮介悪ぃな、母さん宥めるのは義兄貴と姉貴に丸投げしたわ」  前日に亮太が実家に顔を出したとき、かなりおばさんに愚痴られたらしいんだ。亮太がウチに来た日は、亮介が実家に顔を出してからあまり日は経ってなくて、おばさんの怒りはまだ鎮まって無い状態だったらしい。むしろ怒りが大きくなってるとか……。オレは転勤でこっちにはいないからなぁって良い笑顔で言うあたり、ほとんど他人事みたいだった。  4月になって母と兄貴と優子さんが遊びに来た。母は相変わらずで、いったい何人前?って量のおかずを持ってきてくれた。もちろん食べきれないから、その日の夜に亮介と小分けして冷凍したよ。食費も助かるし、忙しい日に晩メシ作る必要が無いから有難いよね。  亮介は兄貴にお礼を言っていた。そうだね……、美鈴さんから亮介に話が行って、そっから兄貴、信一、カイトさんたち、オレって流れだったって亮介が言ってたし。オレと亮介が今こうやっていれるのは、これだけの人が係わったおかげなんだと思う。 「智くん、お父さんが智くんにヨロシクだって」 「ホントに?」 「ホントよ。お父さん真面目だからね、今は同性同士の恋愛とか結婚とか法律的なこととかパソコンで調べてるみたいよ」  ポカンと口をあけてしまった。あの父が……? と言うか父はやっぱり父なんだろうな。真面目だからこそ、理解するためにいろいろ調べてるんだと思う。あの日時間をくれと言ってたのは本当だったんだ。きっとこれはオレと亮介には良い流れなんだろう。思わず亮介と微笑みあってしまったし。それを見た兄貴がニヤニヤしてて、ちょっと恥ずかしかった……。  そして今日、亮介の父がここに来る。  おじさんに会うのはあの日以来だ。突然亮介との別れを強いられたあの日……。もう過ぎたことで今は状況も違ってるんだけど、あの日のことを思い出すとやっぱり今も胸が痛くなる。でもその痛みは以前に比べるとだいぶ薄らいできたから、きっといつの日か笑って思い出す日が来るのかもしれない。まだ無理だけど……。 「すまなかった……」  おじさんが来て、もしかしたら何か否定的なことを言われるんじゃないかと構えていたんだけど、オレにかけられたのは予想外の謝罪の言葉だった。 「今さらこんなことを言ってもどうにもならないんだがな。君には本当に辛い思いをさせたと思っている。私自身家内に押し切られてしまった形だったが、あのときキチンと君たちの言い分を聞くべきだったと後悔している」 「おじ、さん……」 「結果的に亮介にも辛い思いをさせてしまった。君の……、君と亮介の貴重な時間を奪ってしまったと後悔している。月並みな言葉しか出てこないが、本当に申し訳ない」  申し訳ないの言葉とともに、おじさんは頭を下げた。亮介も驚いていて、「親父……」と呟いたきり次の言葉が出てこないみたいだった。  こちらが真面目に真剣に向き合えば、相手もちゃんと返してくれるってことなんだろうな。オレの家族も亮介の家族も、オレたちが腹をくくってちゃんと向き合ったからこそなんだと思う。真摯に話せばわかってくれるものなんだ。 「亮介、母さんのことは今はそっとしときなさい。父さんが何とかするから。亮介は智くんとのこれからのことだけを考えて、ふたり仲良くな」 「親父……、ありがとう」 「智くんも亮介のことをヨロシク頼むよ。この子は図体のワリには甘ったれだから。まあ上手く操縦してやってくれ」  そう言っておじさんは帰って行った。亮介は「ひでぇ」って言ってたけど、何となく分かるような気がするんだ。時々亮介がおっきなワンコに見えるからね。でもそんなのをひっくるめて全てが愛おしい。 「良かったな」 オレの言葉に亮介は「嗚呼」と頷いた。 「あとはラスボスだけかぁ……」 「ラスボス?」 「うちのお袋。でもあれのクリアは当分先だな」  場を和ませるためだろうか、亮介がゲームに例えてそう言った。 「きっと大丈夫だよ。おじさんが最強装備でクリアしてくれるさ」  だからオレもゲームに例えてそう答えた。  確かにオレたちにはいろんなことがあった。大学卒業からはその想いは辛いだけで、もしかしたらもう二度と会えないかもしれなかったんだ。でもオレたちは再会した。会えなかった日々はものすごく辛い日々だったけど、そんな日々があったからこそ今のオレたちがあるんだと思うんだ。  あの離れていた日々がオレたちの想いを強くした。そう考えればそれも悪くなかったって思えるから不思議だ。もちろん二度と経験したいとは思わないけどね。  とにかくオレたちの未来はこれからで、これからの未来をふたりで築いていけるってことだ。  消したくても消そうとしても、どうやっても消せなかった想い……。それで良かったとしみじみ思った。

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