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第2話(……As you wish.)
満月の夜は、分厚いカーテンをぴったりと閉め、ドアに鍵をかけ、早い時間からベッドに潜り込み、そうやって、静かに、静かに、朝が訪れるのを待つ。
決して外に出てはいけない。月の光を浴びてはならない。
自分でも抑えられなくなってしまうから。
どうしようもなく堪え切れない、性衝動を……。
この夜だけは、αもβもΩも関係なく、本能のままに行動してしまう。
子孫を残すためだけに。種を付け、付けさせて。そして月の光に興奮の度が越え、我を忘れ甘い香りに誘われるがまま、血肉を喰らいつくしてしまう者もいる。
外に出てはいけない。街に行ってはいけない。
見境なく人間を襲ってしまえば、ここでも生きていけなくなるだろう。追われることになるだろう。
同じことを繰り返してはいけない。生きていくために。一族の血を絶やさぬために。
一族の王だけが、或いは王に許された者だけが、このルナティック の夜を克服する事ができる。
今宵は、選ばれたΩだけが、王の傍で夜を過ごす。
そして、番になり、子を成す。
ウェアウルフのαが、満月の夜に人間のΩと番関係になれば、αが生まれる確率が高い。
白い獣毛の血統を受け継ぐ子供を孕ませる。その為だけに、その青年 は王の傍にいることを許された。
******
静かな夜だった。
今日は昼間から、空には重い雲が立ち込めていた。満月の光は弱いかもしれない。
────無事に番になれただろうか……。
ティカアニ家の次期当主、イアン・ティカアニ付き執事であるマシューも、今夜は他の使用人達と同様に、まだ陽のある夕刻時から自分の部屋に籠り、今は頭からすっぽりと布団を被っている。
早く朝になってほしい。
マシューがそわそわとして眠れないのは、月のせいだけではない。
今頃イアン様は……。そう思うと胸の奥が抉られる。
次期当主であるイアンには、早く番を見つけ、次世代の跡継ぎを生ませてほしい。
頭ではそう考えているのに。
どんなに恋焦がれても、ただの使用人で、しかもβ性である自分が、イアンへの想いを口に出せるわけもない。
そんな事は、初めから、この家に来た時から分かっているのに、心はどんどん惹かれてしまう。
だから、早く……。
良い子を生める番と幸せになって、早くこの気持ちを諦めさせてほしい。
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