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第5話

「ほんの短い間だけだよ」  ウェアウルフは、満月の光を浴びると、自分の意思に関係なく身体が変化してしまう。  今は分厚いカーテンに閉ざされていて、月の光は部屋の中まで届かない。イアンの見た目も、人間の姿に戻ってはいる。  けれど、一度でも満月のあの眩しい光を浴びてしまえば、変化した細胞は、朝がくるまで体内を熱く焦がし続ける。  抑えることで、発散する事が出来なくなった熱は体内を巡り続け、いつ爆発してもおかしくない。  今、表面だけでも人間の姿を保てているのは、狼の本能よりも、イアンの理性が(まさ)っていて、抑え付けているからだろう。 「貴方という人は……本当に……」  ──凄い人だ。  ルナティックの夜に、月の光を浴びて自制の効くウェアウルフは、あまりいない。  少なくとも、自分だったらどうなっていたか分からない。  でも、だからこそ、心配になる。 「お辛いでしょう? 取り敢えずこちらへ」  イアンの身体を支えながら、ゆっくりと立ち上がらせて、ベッドに座らせた。  身体の熱と重みを感じると、胸の奥にズクンと痛みが走る。  この熱は、あのΩの青年へ向けたものなのだ。 「少し衣服を緩めましょう」  奥歯をぐっと噛み締めて、マシューはイアンの上着を脱がせ、シワにならないように、椅子の背に掛けた。  ネクタイを解き、シャツのボタンを胸元まで開けると、陶器のように白い肌が露わになる。  その白さと、逞しい胸筋のアンバランスさに目を奪われ、マシューはコクリと喉を上下させた。  イアンと目が合わないように、視線を下げると、スラックスの布が窮屈そうに盛り上がっている。 「……失礼……します」  イアンの足元に跪き、ベルトに手を伸ばすと、指先が震えた。 「あ……あの、アーロン様を追いかけるように手配しましょうか」  ベルトを外せば、取り敢えず身体を締め付けるものは、なくなる。  震える手でベルトを緩め、前を寛がせながら問いかけると、不意に頭の上にイアンの手が置かれた。 「いや……いい。放っておいてやってくれ」  言葉と共に、熱い吐息が零れ落ち、マシューの赤みがかった茶色の髪を揺らす。 「……はい」  頭の上に置かれた手が、その髪を柔らかく掴む。 「マシュー………」 「はい」 「……すまない」 「……謝らないでください……」  マシューは、俯いたまま、そっと目を閉じた。  謝らなくていい。だからいつものように………、 「……どうぞ、ご命令を……」  ────俺は、お前の執事なのだから。 「……助けて……くれ」  苦しそうな声が聞こえた途端に、頭をぐっと押さえつけられる。  その力に抗わず、マシューは、寛げたファスナーの前に顔を近づけた。 「…………As you wish.(仰せのままに)」  ────それが、お前の望むことなら……。

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