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第8話

 ──それなのに……。 「マシュー……私は今、無性にお前を抱きたい」  荒い呼吸を繰り返す開いた唇の隙間から、鋭い犬歯を覗かせて、お前は、親友だと思う男にそんな台詞を吐くのか。  今までに見たことのないような、熱に潤んだ瞳の奥に、情欲の炎を灯らせて。 「イアン様……それだけは……、どうかお許しを……」 「イアンと呼べと言ってるだろう」  マシューの言葉を遮るように、イアンが声を被せ、強引に唇が重ねられた。 「……っ、んぅ……ッ」  抵抗しようとする手をシーツに縫いとめられて、伸し掛かってくる重みに動きを封じ込められる。  美しく光る銀色の髪が、一房サラリと落ちてきて頬を掠めると、仄かな甘い香りが鼻腔を擽り、マシューの抵抗の力が僅かに緩む。  ──この匂いは……。  確かにイアンは今、マシューに欲情していて、βであるマシューにもそれが伝わってくる。  唇は難なく割られ、咥内に浸入してくる熱い舌が、逃げを打つマシューの舌を絡め取った。  普段の穏やかな性格からは、想像もしなかった強引さに、マシューは目を瞠る。  視界に広がるイアンの顔が、ケモノのそれに急速に変化していく。  銀色の髪が、艶を放つ混じり気のない白い獣毛となり、その高貴な毛皮が全身を覆う。  口吻は伸び、蕩けてしまいそうなほどに熱を帯びた薄く長い舌が、変化しないままのマシューの舌に絡みつく。  咥内へ送り込まれる唾液の量を全部は飲み込みきれなくて、マシューの顎から喉元を濡らしながら、伝い落ちた。  いきなりの濃厚なキスに、思考が止まりそうになる。  色んな想いが、口をついて出そうになる。  マシューが幼い頃からひた隠しにしてきた想いを、イアンは知るはずもない。これから先もずっと。この想いは誰にも知られる事なく、墓の中まで持っていく。  そんな気持ちとは裏腹に、全身の血が沸々と滾り出し、熱い。その熱の中心にある場所が下着の中で形を変えていく。  シーツに縫いとめられた手首には、鋭く伸びた狼の爪が食い込んで血が滲んでいるのに、痛みなど感じないほどに、イアンのキスに酔わされる。  ルナティックの夜、主人の熱を鎮める為だけの行為で、イアンがこんな風に変化したのは初めてだ。  回らない頭で、マシューはぼんやりと考えを巡らせる。  今までは、番にしようとしたΩとは、最後の最後で萎えてしまい、交尾には至らなかった。  だけど今夜は、いつもとは少し状況が違っていた。  あのΩの青年は、今までの相手とは違い、イアンは本気で番になりたいと思っていたのではないか。  たからこそ、今夜という日がくるまで、大切に大切に傍に置いていた。  しかし、その身体に触れる間も無く、弟のアーロンに攫われてしまった。  だからいつもよりも、興奮が残っているのか。  しかし、それだけが原因でない気もした。  きっと、空を覆っていた重い雲が晴れてきているに違いない。  ウェアウルフは、満月の光を浴びると、α、β、Ωの三種の性別に関係なく発情する。  分厚いカーテンで遮っていても、満月の引き寄せるパワーにウェアウルフの身体は少なからず反応する。  身体に感じる僅かな波動が肌をピリリと刺激する時もある。  だから、なのだろうか。  そうでなければ、説明がつかない。  マシュー自身も、抑えきれなくなっていたから。  ──イアンに向けてしまう情欲を。  

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