8 / 31
第8話
──それなのに……。
「マシュー……私は今、無性にお前を抱きたい」
荒い呼吸を繰り返す開いた唇の隙間から、鋭い犬歯を覗かせて、お前は、親友だと思う男にそんな台詞を吐くのか。
今までに見たことのないような、熱に潤んだ瞳の奥に、情欲の炎を灯らせて。
「イアン様……それだけは……、どうかお許しを……」
「イアンと呼べと言ってるだろう」
マシューの言葉を遮るように、イアンが声を被せ、強引に唇が重ねられた。
「……っ、んぅ……ッ」
抵抗しようとする手をシーツに縫いとめられて、伸し掛かってくる重みに動きを封じ込められる。
美しく光る銀色の髪が、一房サラリと落ちてきて頬を掠めると、仄かな甘い香りが鼻腔を擽り、マシューの抵抗の力が僅かに緩む。
──この匂いは……。
確かにイアンは今、マシューに欲情していて、βであるマシューにもそれが伝わってくる。
唇は難なく割られ、咥内に浸入してくる熱い舌が、逃げを打つマシューの舌を絡め取った。
普段の穏やかな性格からは、想像もしなかった強引さに、マシューは目を瞠る。
視界に広がるイアンの顔が、ケモノのそれに急速に変化していく。
銀色の髪が、艶を放つ混じり気のない白い獣毛となり、その高貴な毛皮が全身を覆う。
口吻は伸び、蕩けてしまいそうなほどに熱を帯びた薄く長い舌が、変化しないままのマシューの舌に絡みつく。
咥内へ送り込まれる唾液の量を全部は飲み込みきれなくて、マシューの顎から喉元を濡らしながら、伝い落ちた。
いきなりの濃厚なキスに、思考が止まりそうになる。
色んな想いが、口をついて出そうになる。
マシューが幼い頃からひた隠しにしてきた想いを、イアンは知るはずもない。これから先もずっと。この想いは誰にも知られる事なく、墓の中まで持っていく。
そんな気持ちとは裏腹に、全身の血が沸々と滾り出し、熱い。その熱の中心にある場所が下着の中で形を変えていく。
シーツに縫いとめられた手首には、鋭く伸びた狼の爪が食い込んで血が滲んでいるのに、痛みなど感じないほどに、イアンのキスに酔わされる。
ルナティックの夜、主人の熱を鎮める為だけの行為で、イアンがこんな風に変化したのは初めてだ。
回らない頭で、マシューはぼんやりと考えを巡らせる。
今までは、番にしようとしたΩとは、最後の最後で萎えてしまい、交尾には至らなかった。
だけど今夜は、いつもとは少し状況が違っていた。
あのΩの青年は、今までの相手とは違い、イアンは本気で番になりたいと思っていたのではないか。
たからこそ、今夜という日がくるまで、大切に大切に傍に置いていた。
しかし、その身体に触れる間も無く、弟のアーロンに攫われてしまった。
だからいつもよりも、興奮が残っているのか。
しかし、それだけが原因でない気もした。
きっと、空を覆っていた重い雲が晴れてきているに違いない。
ウェアウルフは、満月の光を浴びると、α、β、Ωの三種の性別に関係なく発情する。
分厚いカーテンで遮っていても、満月の引き寄せるパワーにウェアウルフの身体は少なからず反応する。
身体に感じる僅かな波動が肌をピリリと刺激する時もある。
だから、なのだろうか。
そうでなければ、説明がつかない。
マシュー自身も、抑えきれなくなっていたから。
──イアンに向けてしまう情欲を。
ともだちにシェアしよう!