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第9話
────イアンが欲しい。
執事としてでなく、親友としてでもなく。
イアンにとって、世界中でただ一人の……唯一の存在になりたい。
もしかしたら、それを望んでも良いのだろうか。
そんな甘えが頭を過ったその時、イアンがマシューの着ているジャケットを脱がせにかかる。
「……い、いけません」
マシューは、思わずその手を掴んで止めた。
「なぜ?」
「私のような使用人が、ウェアウルフの次期長である貴方と、そんな関係にはなれません」
見下ろしてくる灰青の瞳から逃げるように、マシューは顔を横に背けた。
あの目を見たら、断れなくなってしまう。抗えなくなってしまう────本心を見透かされてしまう。
雄同士のαとβでは番にはなれない。
使用人(β)と、主人(α)の恋愛は、ウェアウルフにとっては、あってはならない罪だ。ましてや次期長であるイアンとなら、もっと事は重大で、この事がイアンの父親で現在の長、レスターに知られたら、きっとマシューは一族の群れから追放されてしまうだろう。
「…………そうか、分かった」
ポツリと落とされたイアンの声に、マシューは内心安堵の息をつき、身体から力を抜いた。
これで良いのだ。追放されては、もうここには戻ってこれない。
自分の欲望は叶えられなくてもいい。叶えてはいけない。
一生をイアンの傍で過ごせる今の環境を壊す事の方が辛い。
しかし、そう思った直後、イアンが突然の行動に出た。
開けられたジャケットの下に着ているウェストコートの襟元をイアンが突然両手で掴み、力任せに左右に引っ張ったのだ。
「あっ! 何を……!」
ボタンが飛び、パラパラと床に散らばる音が小さく耳に届く。
驚きの声を上げるマシューに視線を合わせ、イアンは口元を緩ませる。
「なら、私に無理やり犯された事にすればいい」
「──は?! それ、どういう……っ」
マシューの声を無視して、今度は首元に手が伸びた。
もどかし気にタイが解かれ、その鋭い爪が白いシャツを引き裂いていく。
汗が滲む肌に、鼻先を擦り付け、熱い舌が這わされると、ゾクゾクとした甘い感覚が背中を駆け上る。
「だっ、ダメ……イアンっ」
思わず口走る。
まるで幼い頃に、戻ったように。擽り合いをして遊んだ時のように。
「感じてるの?」
「ち、っ違い……ます」
「でも、耳が生えてきてるけど?」
いつの間にか変化した獣の耳に、イアンが手を伸ばしてふわふわと撫でる。
「お前は、昔から耳が弱かったよね」
「…………っ」
「でも、感じたら駄目だよ。お前は今、私に無理やり犯されているのだから」
笑いを含んだ声音で、そう言いながら、イアンはマシューの手を頭の上で一纏めにしてネクタイで縛り上げた。
「マシューの力なら、簡単に外せるだろうけど。でも外したら駄目だよ」
そして、変化した獣の耳に鼻先を近づけ、熱い息を吹きかけながら囁いた。
「嫌がるお前を、私が力で捻じ伏せて、無理やり犯しているのだから」
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