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第17話

 だけど、どんなに願っても朝はいつも通り訪れる。  マシューは、ゆっくりと意識を浮上させた。  分厚いカーテンで遮られた窓の外で、チュンチュンと鳥のさえずりが聞こえている。  背中から抱きしめられて、イアンの懐の中が温かくて、離れたくない。  ずっとこのままで、じっとこの温もりに包まれていたい。  イアンの規則正しい寝息が、耳を擽り、マシューは小さく首を竦める。  もう少しだけ、このままで……という甘い想いを打ち消して、手首を縛っているクタクタに捩れたネクタイを解く。  その下に隠れていた腕時計で時間を確認すると、もう6時を回っていた。  腰に絡むイアンの腕をそっと解き、その温もりの中から抜け出して起こした身体を、気怠い余韻が襲う。  意識はどの辺りで途切れたのか覚えていなかった。  ゆっくりと、何度も、とくとくと、温かい精液を腹の奥に注ぎながら、イアンが項をガシガシと甘く噛んでいたところまでは、覚えている。  そこを噛んでも、αとβでは番になる事はできない。イアンも勿論分かっていて、それでもそこを噛むのは、ただの生理現象のようなものだろう。  ルナティックの波動が、そうさせたのだろう。  今は、自分の身体も、イアンの身体も、ヒトの姿に戻っている。  よく眠っている主人を起こさぬように、マシューはそっと身を屈め、シーツに散らばるイアンの白銀の長い髪を指で掬い、唇を寄せた。  甘く香る髪の匂いを胸いっぱいに吸い込むと、切ない想いが身体を駆け巡る。  マシューは慌てて、イアンから離れ、切り裂かれたシャツを隠すようにウエストコートと上着を羽織り、床に落ちている下衣を拾って身に着ける。  最後にクタクタになったネクタイを、上着の内ポケットに詰め込んだ。 「……ぅ……ん」  小さく声を零しながら、寝返りを打つ気配を背後に感じ、マシューの肩がビクンと小さく揺れた。  ──起こしてしまったか……。  出来るなら、このまま顔を合わせずに立ち去りたい。  昨夜の光景を思い浮かべると、今はどんな顔で主人に接すれば良いのか見当もつかない。  ──『感じたら駄目だよ。お前は今、私に無理やり犯されているのだから』  そう言いながらも、イアンはずっと優しかった。甘美な思い出だけが、頭の中で繰り返し流れる。  でも、あれは偽りなのだ。かりそめの一夜なのだ。  ルナティックの熱をやり過ごす為だけの行為。  絶対に勘違いしてはいけない。そして、早く忘れなければ。  イアンは、次の満月には、また新しい番候補と、夜を過ごすのだから。

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