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第18話

 肩越しにそっと振り返ると、イアンはこちらに背を向けた状態で、もうピクリとも動かない。  寝返りを打った瞬間だけ中断した寝息が、また規則正しく小さく聞こえてくる。  ブランケットが肩から滑り落ち、透き通るような白い肌に浮かぶ肩甲骨や、背中のしなやかな筋肉が、妙に艶めかしくマシューの眼に映った。  思わず視線を逸らし、マシューは足音を立てないように静かにドアへと向かう。  ブランケットを掛け直さなくては、風邪を引いてしまうかもしれない。だけどそれをするには、もう心の余裕が残っていなかった。  ドア横の壁面に設置してあるリモコンへ手を伸ばし、エアコンの電源を入れる。  少し低めの温度と、就寝時にちょうど良い湿度の設定を確認し、マシューは寝室を後にした。  部屋を出ても、屋敷中の窓という窓が分厚いカーテンで閉め切られていて、朝だというのに薄暗い。  ルナティックの夜の翌日は、決まって朝は遅い。使用人達もまだ屋敷には誰も来ていないようだ。  マシューは、カーテンを一枚ずつ、静かに開けていく。  満月の闇はすっかり消え、朝の眩い光が射しこんでくる。  もうすぐ春の季節だというのに、イーストシストの3月の気候は、まだ真冬のように冷え込む日も多い。  昨夜の雨が、雪に変わったのか、陽の当たらない所々に真新しい雪が残っている。    マシューは、取りあえずは東館のカーテンを全て開け、一階の自室へと戻った。  とにかく、使用人達が来るまでに、シャワーを浴びて着替えなければならない。  まだ身体が火照っている。  身体の奥で、熱が疼いている。  イアンの吐き出した精液が、まだマシューの腹を満たしていた。  手早く服を脱ぎ捨て、熱めの温度の飛沫を肌に浴びせる。  少しでも腹筋に力が入ると、白い名残りが内股を伝い落ちた。  マシューは床に膝をつき、後孔へ手を伸ばし、自分の指をそこへと挿し入れる。  指に触れる粘りを掻き出すと、白い名残りがシャワーの激しい流れと共に、呆気なく排水溝に消えていく。 「……っ、う……」  マシューは、堪え切れずに声を漏らした。  頬を濡らしているものが、シャワーの飛沫ではないことに漸く気づく。  胸の奥から込み上げる熱いものを、シャワーの音と共に掻き消したい。  ──全部洗い流して、忘れなければ。  忘れたい。忘れたくない。忘れたい。忘れたくない。  できる事なら、ずっと覚えていたかった。  触れられたところも、温もりも、熱も、痛みも、匂いも、初めて知った快感も、全部忘れたくない。

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