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第19話

 ******  午前の雑務を終え、マシューは重い足取りでイアンの部屋へ向かっていた。  太陽は、もう既に高い位置にある。朝方残っていた雪も粗方溶けて、日陰に少し残しているだけだ。  ルナティックの夜の翌日は、仕事を入れないようにしているけれど、そろそろ起きてもらわなければ。  まだ顔を合わせ辛い。イアンの前で、いつもの通りに接する事ができるのか不安だった。  深く息を吸い、吐き出して、マシューは止まりかけた足を動かして二階への階段を上がる。 「マシュー」  しかし、不意に背後からよく知った声に呼び止められて、再び足を止めた。  振り返ると、マシューと同じ赤毛の男が階下からこちらを見上げている。  この家の当主でウェアウルフの長である、レスター・ティカアニ付きの執事。マシューの父親ライアンだ。 「はい」  年老いて、部屋から出る事も少なくなったラスターの傍を片時も離れないライアンが、この東館にまで足を運ぶのは珍しい。  何かよくない事でもあったのか……という不安が即座に過った。 「何か?」 「旦那様がお呼びだ。すぐに本館へ来るように」 「……私が……ですか?」  マシューが問い返すと、ライアンは厳しい眼差しで見上げてくる。 「そうだ。お前に頼みたい事があるそうだ」 「では、イアン様の身支度のお手伝いが終わりましたら、すぐに参ります」 「いや、今すぐにと仰っている。イアン様には他の者を行かせればよい」 「え……でも……」 「早く来なさい」  マシューが言いかけた言葉は、ライアンの声に掻き消された。  踵を返し歩いていく父の後を、マシューは仕方なく従いていく。  ────俺に頼みたい事って、いったい何だろう。  マシューは前を歩く父の背中をじっと見つめた。 「……マシュー」  本館へ繋がる廊下に差し掛かった時、ライアンは、まっすぐ前を向いたまま、マシューに声を掛けてきた。 「はい……」 「昨夜は、イアン様の寝室に泊まったのか」 「っ…………」  マシューは、思わず返答に困り、口ごもる。 「別に、責めているのではない」  そう言われても、本当の事を言ってよいのか迷う。 「……はい。イアン様のお部屋に泊まりました」  まさか、昨夜の事を全部ライアンが知っているとは思えない。なぜ、そんな事を聞いてきたのかも分からなくて、マシューはぐっと奥歯を噛みしめた。  これ以上は、聞かれても言えない。 「そうか……」  しかし、ライアンはそう言ったきり、もう何も聞いてこなかった。

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