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第21話
「どうした? 何か都合でも悪いのか?」
返事を言い淀むマシューに、レスターは怪訝な表情で聞いてくる。
「いえ……、そんな事はございません」
マシューは慌てて否定して、小さく息を吐き、迷いながらも言葉を続けた。
「でも、昨夜、イアン様に放っておくようにと言われましたので……」
昨夜のイアンは、二人を何がなんでも追いかけたいという意思は見られなかった。
それどころか、逃げた二人を温かく見守るような口ぶりだった。
マシューの脳裏に、しっかりと手を握り、階段を下りていく二人の後ろ姿が浮かぶ。
──『放っておいてやってくれ……』
あれは、二人のことを思っての言葉だったのではないだろうか。
レスターは、「そうか……」と言葉を零し、小さく溜め息をついた。
「……あれは、弟に甘いからな。私も年を取ってからの子供だったから、イアンのことばかり責められないが……」
重厚感のある革張りのヘッドボードに頭を預け、レスターは遠くを見るような目をして、懐かしそうに微笑んだ。
だけど、次の瞬間には厳しい表情に戻ってしまう。
「だがな……。ケジメはつけなくてはならない。窓の外を見てみろ」
そう言って、窓の外へ視線を移した。
「……?」
レスターに視線で促され、マシューは窓へと歩み寄り、薄いレースのカーテン越しに外を確認する。
下を見下ろすと、本館の前に見慣れない黒塗りの車が停車していた。
その車のボンネットに凭れ掛かり、タバコを燻らすスーツの男の顔には見覚えがある。
「トレイター……」
男は、マシューの視線に気づいたのか、ちらりと上を見上げ、にやりと口元を弛ませる。
イーストシストを牛耳るマアフィア、マンテーニャ・ファミリーの構成員で、トレイター という通り名で呼ばれる、マシューもよく知っている男だ。
白のウェアウルフでありながら、素行の悪さゆえ、一族から追放され、マンテーニャに拾われた。
噂では、ルナティックの夜に本能の赴くまま、手当たり次第に人間を襲っていたと聞く。
一族の長だけが、或いは長に許された者以外は、ルナティックの夜にヒトと交尾する事を禁じられている。
理性を保ち、ルナティックの夜を克服できるのは、長を引き継ぐ者だけだからだ。
ウェアウルフの正体を人間に知られたら、放っておくわけにはいかなくなる。だから彼に襲われた者が、その後どうなったのかは、いつも闇に葬られてきた。
とにかく、黒い噂の多い男なのだ。
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