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第22話

「お前も知っているだろう? マンテーニャとの間で交わされている取り決め事を」 「……はい」  だからこそ、イアンは二人を見逃したのだろう。 「トレイターは、番の儀式が上手くいかなかった事を早速嗅ぎつけて、Ωの青年を引き取りにきたのだ。マンテーニャにとってはΩは“商品”だ。しかし、その商品を、あろうことかティカアニ家の息子が盗んで逃げたというわけだ……」  そこまで言うと、レスターは急に胸を押さえて苦しそうに咳込んだ。 「レスター様……後は私がマシューに伝えますので、どうかご無理をなさいませんように」 「……大丈夫だ……息子の事だ。私が話す」  丸めた背中を心配そうに摩るライアンの手をやんわりと払い、レスターは話を続けた。 「……この事で、100年以上続いたマンテーニャとの関係に亀裂を入れたくないのだ。マンテーニャの後ろ盾がなければ、私達はこの人間社会で生きていくのは難しいからな」  マシューは、自分がどうするのが一番良いのか迷っていた。レスターの立場は分かる。マンテーニャとの関わりは、それ程に深い。もし、一族がマンテーニャとの約束を守らなければ、怒りを買い、ウェアウルフの正体をばらされ、また狼狩りが始まるかもしれない。そうならなくても、もうイーストシストには居られなくなるだろう。  けれど、アーロンの気持ちはどうだろう。自分が迎えに行って、おとなしくアンジュを渡し、家に帰ってくるだろうか。  昨夜の二人の様子を思い返せば、そう簡単に事は運ばないと思う。 「あれは、まだ高校も卒業していない子供なのだ。ここを出て、身寄りのないΩ性の男とどうやって暮らしていくと言うのだ? 残酷な未来は簡単に想像がつくだろう」  レスターの言う通りだ。Ωは体質のせいで働き口が限られてくる。そうなると、生活費は全てアーロンの収入に頼る事になるだろう。しかし身元を保証する事もできない10代の子供を、そう簡単に雇ってくれるところは少ないだろう。  生活していくには、金と住む所が必要で、好きという気持ちだけでは食べてはいけない。 「アーロンは頭がいい。私が居なくなっても、イアンの良き支えになるだろう。そういう役割を担う為に生まれてきた子だ。兄弟で力を合わせて仲間を導き守ってほしいのだ」 「……でも、イアン様は……」  本心は聞いていないが、イアンはアーロンを自由にしてやりたいのではないだろうか。ウェアウルフとマンテーニャのしがらみから。一族の長の家系から。広いようで狭い、このイーストシストから。  でも、そんな事は、レスターの前では到底言えず、マシューは口を噤む。 「マシュー、私はティカアニ家の当主である前に、ウェアウルフ族の長だ。これは命令なのだよ」  ──それに……と、言葉を続けながら、レスターはライアンに視線を送る。  ライアンは、その視線の意味をすぐに理解し、テーブルの上に地図を広げた。 「アーロン達は、どうやら北へ向かっている。そこの店でクレジットカードを使ったのが分かった」  レスターの言葉に合わせて、ライアンが地図上に赤く記した場所を指で指し示す。 「もう既に、こんなに遠くまで……」 「そうだ。そして、向かっている方角が問題なのだ」  ────北の都、ノースシスト……。  そこには昔、ルナティックの夜に、狼が集団でヒトを襲った街がある。  そして、未だに人狼伝説が根強く残り、狼狩りが盛んに行われている。

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