「お……起きていたのですか？」 「ちょっと、王子様のキスで目覚めるシチュエーションとか、やってみたかったんだよね」 「……なっ……」 　マシューは一瞬にして顔が熱く火照った。起きていたという事は、こっそり髪に口づけた事も、イアンは知っているのだ。 「真面目だね……お前は。耳までこんなに真っ赤にして」 　火照る耳朶に指で触れ、イアンは笑みを零しながら、マシューの唇を啄む。 「……っ……ふっ、ぁ……イァ……ンさ、……まって……まっ」 　必死に訴えるマシューにイアンは、「何？」と笑いながら言い、またリップ音を立てる。 　さっきから熱を持ち始めた半身よりも、腹の奥の深いところが熱く疼いている。身体に残る昨夜の余韻が、悪戯のようなキスで呼び起されて止まらなくなってしまいそうだった。 「……い、あん、……」 　キスの攻撃を躱し、顔を背けると、逞しい腕にぎゅっと身体を抱きしめられる。 「……そうだね。今から行かないといけないんだよね」 　甘い声が耳を掠める。優しい指が赤茶色の髪を梳く。 「……申し訳……ありません……。イアン様には追いかけるなと言われていましたのに……」 　決してイアンを軽んじているわけではないが、結局はウェアウルフの長であるレスターの命令に従うしかなかった。 「謝らなくてもいい。それよりも、板挟みにさせてしまって、悪かった」 　そう言って、イアンはマシューを抱きしめていた腕を解き、ジャケットの内ポケットから封筒を取り出した。 「これ、アーロンに会ったら渡してくれないか」 「……これ……は？　中身を伺ってもよろしいですか？」 　その分厚い封筒は、ただの手紙には到底見えなかった。 「少ないが、ひとまず当面の生活費に使えと伝えてくれ」 「え？」 　イアンの言葉に、マシューは驚きの声を零した。 　レスターの命令は、『Ωの青年をマンテーニャに渡し、アーロンを連れ戻せ』だった。 　でも、生活費を渡すという事は、それに逆らうという事だ。 「アーロンには自由に生きてほしい。こんな狭い世界で、雁字搦めに縛られて一生を送るのは、私だけでいい」 「…………」 　すぐには承服できなかった。この事をレスターが知ったら……そして他の長老達が知ったら……イアンの立場は悪くなるのではないだろうか。 「昨夜は満月だった。あの二人がもしも番になっていたとしたら、引き離すのは酷だろう」 「しかし……」 　灰青の真剣な眼差しが、揺れるマシューの心をまっすぐに射貫く。 「マシュー、私の共犯者になってはくれないか」