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第28話
「私が長になり、この古い風習を変えてみせる。だから、お前は、これからもずっと傍で私を支えていてくれないか」
「は、はい。それは、勿論です」
イアンがこの一族の世界を変えると言うのなら、マシューはそれに従うだけだ。
だけど、イアンはマシューの答えに不服そうな表情を浮かべた。
「……違う。そうじゃない」
「……は、い……?」
「使用人としてではなく、番としてだ」
「……え?」
「分からないのか? お前と一生を添い遂げたいと言っているんだ」
マシューは驚きで目を丸くする。次の言葉がすぐには浮かばなかった。
「……で、も……」
「なんだ?」
「私は……アンジュ様の代わりにはなれません」
マシューの言葉に、イアンは思わず破顔した。
「分かっている」
今まで何人も、Ω性の番候補がこの屋敷に連れてこられた。その中でもイアンはアンジュの事を、特別に思い入れているような気がしていた。
「あの子は……、確かに他の者とは違う想いも少なからず感じたが……。でもアーロンとアンジュは“魂の番”だと、この家であの二人の様子を見ていたら、すぐに分かった」
“魂の番”とは、αとΩが出会った瞬間、発情に関係なくお互いのフェロモンに惹かれ合ってしまう。運命の結びつきの事だ。
「だから……あの二人が手を取り合って、ここから逃げてくれた事に、内心ホッとしている。これでアーロンも自由になれたのだから。心から幸せになってほしいと願っている」
「そう……だったのですね……」
この家を出ていく二人の後ろ姿を思い出し、マシューは思わず口元を綻ばせたが、すぐに重々しい表情に戻る。
「でも……、貴方は……やはり人間のΩと番い、後継を育てなければいけません……」
アンジュとは番になれなかったが、その代わりになるΩは、探せばきっと他にいる。
イアンの後継を宿す事ができない自分では、初めから番になる権利はないのだ。
「で……お前の気持ちは?」
「……だっ、だから私は……」
「子供を孕めない事は、関係ない。後継は私の子供でなくても良いんだ。古い風習は捨てるのだから」
「……でも……っ」
逞しい腕に抱きすくめられて、声が途切れる。
「まだ、分からない? 満月の夜、身体を繋げる事ができたのは、マシュー、お前だけなんだよ」
「…………私、だけ……」
「そう、お前だけだ」
「…………あ」
イアンの言った言葉の意味を、漸く理解して、マシューは小さく声を漏らした。
「古い風習にずっと囚われていたのは、私も同じだった。こんなに近くにずっと傍に居てほしいと思える相手がいる事に気が付かなかったなんて。ずいぶんと遠回りをしてしまった」
幾度となく連れてこられた、美しい番候補のΩ達。その誰とも心を通わせられなかったのは────
「私にとっての魂の番は、お前しかいない。たとえ子供がいなくても、お前が傍にいてくれたらそれでいい」
αとΩのような、引き離そうとしても離れられない生理的な結びつきは無くとも、心と心が、お互いを必要とし、大切に想う。
番とは、そういう関係の事を言うのだろう? と、イアンは美しく微笑み、マシューの頬に優しく手を沿えた。
「お前が好きだよ、マシュー」
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