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第2話
「聞こえてるよね?グレーのジャケットにデニム、スニーカー、ショルダーバッグにビニール袋もってるおにーさん?」
言われた瞬間ゾワリと鳥肌が立った。
まさかと思った方に傾くのかよ…。今の俺の格好そのもんじゃねーか。
クッソ!成人男性が不審者男に追い掛けられるなんて。何て世の中だよ!!
丁度、カーブミラーがあり見れば自分の後から足速に付いてくる奴がいる。暗くて良くは分からないがラフな格好だ。
この際、晩飯がぐちゃぐちゃになり、ビール振ることになっても構わん。走るっ!
「あっ!待てよ」
火事場の馬鹿力と言うように、人間危機迫ると凄いものだ。
直線の道をダッシュし、右折する。そうすれば、自分のアパートがもう目の前。建物の中に入ってしまえば流石にアイツも諦めるだろう。
ゴールは目の前。バタバタと後から足音がするが、玄関である扉はカードキーで開ければ何とか逃げ込めるだろう。
よし!あと少しで敷地内に!!!
ふと、ゴールを目の前にして余裕が出来たせいか思ってしまった。
このまま逃げ切れば、この不審者に自分の住まいを知られずに済むのではと。
どうやら、足は自分の方が速いらしい。
入り組んだ細い道を行けば撒くことが出来るんじゃないか。
うん、そうしよう。
自分住むアパートを過ぎ去る。
数個先にある街灯に照らされた所に、スーツをきっちりと着込んだ男性が煙草を吸っていた。
分煙分煙と言われ、仕方なく人気のない時間帯に外でタバコを吸ってるのかと勝手に想像してみた。
煙草の男はこちらに気付いように「どうしました?」と、驚く程低い良い声だった。
が、見ず知らずの人を巻き込むのも忍びないし、何より立ち止まったら終わりだ。
煙草の男には悪いが、素通りさせて貰おう。
そう、素通りする筈だったんだ。
「そんなに慌てて、転んだらどうすんだ?」
ガンッ!!!
フワリとした浮遊感と直ぐさまアスファルトに叩き付けられた。
「ほら、こんなふうに」
ふうっと煙を口から吐き出しながらなんとでもないように男は言った。
咄嗟に手を付いたが、口の中に血の味が広がる。
やばい、やばい、やばい、やばい、やばい、……
早く逃げないと。
立ち上がろうとして、背中に衝撃が走る。
「ぐっ!!!」
体が持ち上がれない。
煙草の男は、うつ伏せに転がる男の背に片足を乗せていた。
やばい、助け呼ばないと……
喉がキュッと締まるが、息を吸い声を出そうと口を開ける。
が、鼻と口を、まるで紙をクシャりと丸め込むかのように掴まれた。
これではロクに声も出せない。背中の重みがぐっと深まる。押されているところが痛い。
必死に逃れようと暴れるが、息もできない自分は苦しくなるばかり。涙出てきた。
「はぁッ、なんだぁ……誠司 の勝ちかよ……」
バタバタと背後の方から不審者男の声がする。
追い付かれた。しかも、この煙草の男とグルかよ。
「そういうこった」
煙草の男は鼻をつかむ指を緩めてきた。途端、一気に空気を吸い込むと同時に男が吸っていたであろう煙草のニオイと薬品臭が鼻腔から中に入っていく。
嗚呼、意識が遠のく。少し前の自分に後悔した。
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