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第4話 彼はヒーロー

 あの拉致未遂事件から数年。  若葉はこの間20歳になった。  そして、そんな若葉の側には、あの日から何も変わらないヒーローが、優しい眼差しで若葉の事を見詰めてくれていた。 「僕もあっと言う間に20歳かー」 「ハハッ。なに、言ってんだよ。20歳なんてまだまだ若いだろ? 俺なんかどうする? 32だぞ。ただのおっさんだ」  今日は裕通が休みと聞き、若葉は裕通の家に遊びに来ていた。  今やっと夕ご飯を食べ終え、若葉は座りながら大学のレポートのチェックをし、キッチンに立ち食器を洗う裕通に話し掛けている最中だった。 「えー、おっさんにしては裕通は若いよ」 「そうかー? 後輩には40超えてるって言われるぞ」 「それは顔の作りが渋いからだよ」 「渋い? まぁ、確かに父親似だからな」 「髭剃ってみたら?」 「髭? うーん……考えとく」  そう言って、裕通は徐に冷蔵庫を開けていた。そして、大きな箱を持って若葉の目の前にそっと置く。 「え!?」  その箱を見て若葉は驚いた。 「食えそうか?」  それは、3、4人分ほどあるだろう大きなホールケーキだった。しかも、若葉の好きな苺が沢山のショートケーキ。 「た、食べれるよ! え! なんで!?」 「なんでって、若葉の本当の誕生日は仕事で祝えなかったからな。今日は休み取れたし、2週間も遅れたけど祝えたらなって」  まさかの展開。裕通がケーキを用意してくれていた。しかも、二人では食べきれないくらい大きなホールケーキ。  こんなサプライズは今まで味わった事は無い。 「本当は外で外食しながらって思ったけど、生憎の梅雨時期だからな。プレゼントはまた今度な」 「プレゼント……くれるの?」 「あぁ、そのつもりだ。なんでも言って良いぞ。20歳の祝いなんだからな。大人の仲間入りって事で良い物買ってやるぞ」  そう言って、裕通は「金の心配はいらない」と言いながら笑っていた。  けれど、若葉の中で欲しい物は決まっていた。  それは、ずっと前から一つだけだった。 「……みち」 「ん?」 「僕、裕通が欲しい」 「……え?」  ずっと言いたくて言えなかった言葉。  子供だからと信じては貰えないと思っていたからこそ、言えずにいたその言葉。 「僕、初めて助けてくれた時からずっと……裕通に片想いしてたんだ。顔は見た事無かったけど……学ランを着たヒーローの事ずっと忘れられなかった」  雨が降るといつも思い出す嫌な思い出。  けれど、そんな気持ちから救い出してくれるのはいつだって顔は知らない学ランを着たヒーローだった。 「まさか、そんな人がまた助けてくれるとは思いもしなかったけど……でも、前も今も変わらない……僕は裕通が好き」 「若葉……」  いつだって助けてくれるのは裕通だった。  大学を決める時も、サークルを選ぶ時も、変な男に懐かれた時も、全部解決してくれたのは裕通だった。 「裕通がみんなのヒーローなのは知ってるよ。警察官は市民を守る為にあるっていつも言ってるよね。でも、時々で良い……僕だけのヒーローになって」  独占したい。裕通をずっと、独り占めしたい。でも、裕通はそうしてはいけない人だって知っている。 「知ってるよ……こんな事言ったら裕通が困るの……でも、でもさ……」  そう言ってしまうのにも理由があった。  さっき見てしまったのだ。綺麗な女性が写ったお見合い写真を……。  それを、裕通は上司に無理矢理渡されたと言って笑っていたが、若葉は笑えなかった。 「ずっと好きだったんだ……。再会した後からずっと……好きが止まらないんだ」  嫌いになる所が無い。何一つ見当たらない。 「裕通にとったらそのお見合い相手と結婚した方が良いの分かってる。でも、好きなんだ……」  一回りも下でしかも男。そして、裕通は警察官。そんな人に恋をしてはいけないと諦めようとしても無理だった。 「無理なら無理ってここで言って……。そしたら、ケーキ食べて帰るから……」  これが二人で食べる最後の晩餐。その覚悟を若葉は今した。 「若葉……」  裕通はどんな心境だろうか。軽蔑した気持ちになっているのだろうか。  若葉は急に怖くなる。 「……俺が警察官になった理由話したか?」 「え……? してない」 「俺、お前くらいの弟がいたんだ。でも、病気で早くに死んで……途方に暮れてた」  それは初めて聞いた話しだった。裕通に弟がいたなんて聞いた事がない。 「その弟がヒーローになるのが夢でさ。でも、ヒーローってなんだろうってずっと考えてた……そんな時、若葉が誘拐される場面に出くわした。そして、犯人を追ってる時に警察官になる事を決めた」 「……そうだったんだ」  なら、自分は弟としてずっと見られていたのか……若葉はその話しを聞いてグッと涙を堪えた。 「警察官になって毎日怒涛で辛くて……でも、雨が降る度に若葉のあの震えた姿を思い出して、俺が助けなくて誰が助けんだって思うとどんなに辛くても耐えられた。そんで、2回目の拉致事件で対象者のリストの中に若葉の写真があって、俺はすぐにあの時の子だと気付いた」  周りはその子はきっと対象には該当しないと言ったが、裕通だけは確実だと言い切った。 「隣に立った時は鳥肌が立った……写真よりも綺麗になってたからな」 「え……?」 「そして、確信した。犯人は絶対に若葉に近付くって」  そして、裕通の思った通り犯人は若葉を狙った。でも、それを阻止出来た。 「もし、あの時俺が警察官になろうって思わなかったら……俺は若葉を助ける事はできなかった。こうやって……」 「!」 「手を握る事もできなかった……」 「裕通……」 「弟には感謝してる。ヒーローになりたいって言ってくれてなければ俺は警察官にはなってなかった……若葉を助ける事もできなかった」  そう言って、裕通が若葉の頬に触れる。 「再会する事もできなかった……」 「ンッ……」  ドサっと押し倒された若葉は、近付く裕通の顔にドキドキしながら唇に触れる感触に嬉しさが込み上げた。 「こんなおっさんで良いなら……全部やるよ」 「……ほんと? 全部くれる?」 「2人の時はお前だけのヒーローになってやる」 「ヒーローよりも恋人がいいっ……」 「ハハッ。なるほどな。じゃ、お前も俺の恋人って事になるぞ?」 「なる! なるなる! 恋人になるっ!」  そう言って、若葉は裕通の背中に抱き付き、「大好きッ!」と何度も叫んだ。  外は雨。でも、二人の気持ちは曇り一つない晴れやかな物しか無くて、幸せ一色だった。

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