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第52話

 明に言われたことが胸に刺さり、希は下を向いた。そんなこと、いままで考えたこともなかった。自分が一番大切にしたいこと?  奎吾と会っていたときのことが頭に甦る。初めて会ったときのこと。希はひどい酔っぱらいで、奎吾はアツシと呼ばれる男と一緒だった。それから、マッサージ店で再会したこと。天国のようだと思った奎吾のマッサージに、希は蕩けてしまうかと思った。一緒に過ごすようになって、これまで知らなかった奎吾の新しい面が見えるたびに、希はうれしかった。甘やかすように奎吾の手に頭を撫でられたとき、希の胸は甘くときめいた。奎吾とのキスに、これっぽっちだって嫌だと思わなかったこと。これまで思い出さないようにしていたすべての瞬間が甦り、希の胸を締め付ける。 「・・・・・・でも、間違いだと言われた」 「間違い?」  希の言葉に、明は首をかしげた。 「間違いってどういう意味? それってどんなふうに言われたの?」  眉間にぎゅっと皺を寄せて、考え込むように訊ねる明に、希はあの日あった出来事を話した。明はすべての話を聞き終えると、一度先輩のほうを振り返ってから、「のぞちゃんそれは・・・・・・」と言った。  あの日、希は嫌だと言いたかった。間違いとはどういう意味だと、奎吾を問い質したかった。けれど、瞳に痛みを浮かべ、すべてを決めてしまった奎吾の顔を見ていたら、それ以上は何も言えなかった。

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