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第53話

「のぞちゃん」  やさしい声で名前を呼ばれ、手を握られる。希が顔を上げると、ここしばらくは見ていなかったように思える明と目が合った。 「のぞちゃんは、いまでもまだ僕と先輩のことが気持ち悪いって思う? 僕が先輩のことを好きだったら、のぞちゃんの自慢の弟ではなくなっちゃう? 僕のこと、のぞちゃんは恥ずかしいと思う?」  希はぶんぶんと頭を振った。 「そ、そんなこと思うはずないっ。明を恥ずかしいなんて思うわけがないっ」  希の答えを聞いて、明はにっこりと笑った。ありがとう、とお礼を言われ、希はびっくりする。 「僕たちが同性を好きだと言うと、たいていの人はおかしな顔をする。男が男を好きになるなんておかしいって言う。僕は自分のマイノリティを受け入れていて、先輩以外の人を好きになるなんて想像もできないけど、そうじゃない人もいるんだよ。周囲の目が怖くて、自分のことを受け入れられずに苦しんでいる人だっている。僕たちのような人が、女の人も好きになれるノンケの人を好きになったら、やっぱり不安だと思う。・・・・・・怖いよ。相手にどんな目で見られるかもわからない。万が一受け入れてもらえたからといって、いつ目が覚めて、女の人の元へ去ってしまうかもしれない。自分が好きになったことで、相手に苦しい思いをさせるかもしれないなんて。でも・・・・・・」  のぞちゃんはどうしたいの?   じっと見つめるように明に訊かれて、希は答えることができない。自分の弟はこんなに大人だったのかと、言葉もなく驚くことしかできない。奎吾が希を避ける理由が、明の言うとおりだとは限らない。本当は、希のことを嫌いになっただけかもしれない。それでもーー。 「会いたい・・・・・・」  自分の望みを言葉にしたとたん、あふれるような思いが胸に沸き上がり、居ても立ってもいられない気持ちになった。

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