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第3話

「…っあ…ん…ああ…」 「しげる、可愛いな、しげる…」 あれだけ拒否したのに、暁はいま、(ゆたか)という人の家の蔵の隅に座っている。寒さを凌ぐために頭から布団を被って、体育座りで歯を食いしばったまま、ただ滋と豊だけを見つめている。蔵の真ん中に布団が敷いてあって、白熱灯の弱い光が二人を照らしている。暖房器具は、そばに石油ストーブがあるくらいだが、二人が絡み合って早々、豊がスイッチを切ってしまった。 「…もう入れてもいい? しげる?」 「うん、うん、はやく…!」 滋が豊の首にぎゅっと縋りつく。豊が荒い息を整えて、ぐっと腰を寄せるのが見えた。 「んーーっ…! ん、あ、ん…!」 暁は頭痛がするくらい、強く目を瞑った。  引越しの片づけがだいたい終わり、武と滋をそれぞれの家に帰して元と暁の二人で引越しの挨拶をして回っている日のことだった。畑や森に出ていて家にいない人も多いからか、平日の午前中に行ってもあまり人には会えなかった。元もそれは分かっていたらしく、昼食の時間にもう一度行こうという話になって、二人でふらふらと森を散歩した。 「父さんは、仕事どうするの」 「そうだな…畑でもやるか、武のやってる仕事を手伝わせてもらうか…」 「畑?」 「父さんが遺してくれた土地があるから、そこで野菜を育てて…まあでもそれだけじゃ全然食ってけないから、外のものを売ったり買ったりしてくるのが一番、ここじゃ儲かる仕事だな」 「他の人はなにしてるの」 「免許を持ってる人は、林業かな。あとは木工とか、ちょっと市街地まで出て土木関係の仕事をしてる人もいる」 「頭脳労働者っていないの」 「一高の先生くらいだな」 元は苦笑した。 「第一高校のこと?」 「うん。一高には何人か、ここ出身の先生がいるから、だから俺たちも通えたし、お前たちも通わせることができるんだ」 それは、前言っていた『他の人に知られたくない風習』を守るためのことなのだろう。それはそうだ。寄ってたかって一人の男を慰み者にしているなんて、世間に知られたら大事だ。  滋のことを元と話したことは、あの日以降なかった。暁の家の蔵が使われることもなく、このまま黙っていれば関わり合いにならなくて済むかもしれないという淡い希望すら抱いていた。 「サッカー部あるかな」 「…暁、言うのが遅くなって、本当に申し訳ないんだけど」 「え?」 暁は、テレビが見られないことよりも、男と寝ないといけないことよりも、もっとひどい現実を告げられた。呼びとめる元を置いて、全速力で走って家に戻ると、門の下になにかを持った滋がいた。 「…あれ暁、どうしたの?」 「この辺の人は部活に入れないってお父さんに言われた」 「あ、高校? そうだね、入ってる人はいないね」 「俺、なんのために生きてるんだろ」 涙が出そうなくらい、悔しかった。 「…えっと、何部に入りたかったの?」 「…サッカー部…」 「サッカーなら、たぶんこの辺の人もできるよ。野球もできるし、広場みたいなのがあるから、そこで若い人を誘って休みの日にやろうよ」 「………」 そんな町内会みたいなサッカーは嫌だ。そもそもこの辺の人はみんな嫌いだ。滋のことだってまだ気を許してはいない。 「…とりあえずさ、家に入ってもいい? かぼちゃの煮物作ってきた」 滋は笑って、持っていた鍋を揺らした。 「他に気晴らしって、やっぱり俺と寝るくらいなんだけど、今日見に来る?」 自棄になっていたんだと思う。そこで頷いてしまったのは。  豊というお兄さんは、元たちよりはずっと年下で、でも滋よりは年上のようだった。夜に家を抜け出して、真っ暗な中、懐中電灯で足元を照らしながら三つ坂を登った豊の家の蔵に向かった。体中に、どこから湧きあがってくるのか分からない怒りと、緊張と、それに伴った興奮が渦巻いていて、実際のところ暁はその道のりをあまり覚えていない。豊は快活に笑った。 「見られるのって初めてだけどなんか興奮すんな!」 「豊さん優しいし、あんまり変なことしないから大丈夫かなって思ったんだけど…もしどうしても無理ってなったら、帰っていいからね」 「そりゃ俺は平凡な男ですよ」 「優しいって言ったでしょ。それに俺は誰かと比べていいとか悪いとか言わないよ」 「そうかよ。じゃ、早速やろうぜ」 部屋の真ん中に敷かれた布団に、豊が滋の腰を抱いて寝かせる。暁は隅に置いてある座布団の上に座って、掛け布団を被った。透明人間になろうと思った。 「久しぶりだなー、んー、滋いい匂い」 「そうかな? お風呂入っただけだよ……ん…」 滋のパーカーに手をかけて、お菓子の包装紙を剥がすみたいに豊が脱がせていく。子どもみたいに嬉々として、暁がそばにいることなんてもう忘れているようだった。 「ん…ん…」 ちゅ、ちゅ、と、唇を合わせる音が響く。滋はとろんとした表情で、豊だけを見つめている。豊は滋の服を全て脱がせてしまうと、指先と唇で愛撫し始めた。 「あー…かっわいい、ほんと絶景…」 くすぐるように乳首を撫でて、体が強張ったところをぎゅっと抱きすくめる。 「ゆっくりな、ゆっくり…」 口に乳首を含むと、滋の反応が変わる。 「やあっ、や、…ん…」 味わいながら、両手で腰をさするように何度も撫でる。そして、徐々に滋の体の中心へと手を伸ばす。 「ひゃっ…あ、あ」 豊の手に捉えられて、小さく叫んだ。暁の位置からは、滋の性器は目に入らない角度だった。もしくは、豊の手が大きくて、隠れてしまうくらいだったのかもしれない。しゅっ、しゅっと手を筒状にして上下させると、滋は痛そうなくらい喘いだ。 「やあ、だ、んん…もっと、もっとゆっくり…」 「…久しぶりなんだからちょっと早くてもいいだろ?」 亀頭の部分を指できゅっと押さえられると、気持ちがいいのか猫のように鳴いた。 「ああ、ああ、やだ、ん、いっちゃう…!」 「どうする? 一回抜く?」 「………豊さん、今日、どれくらいしたい…?」 必死に息を整えながら、滋が尋ねる。 「明日休みだからなぁ…三回くらいしたいかな。平気?」 「…二回じゃだめ? 二回目、すごいよくしてあげるから」 「一回目もよくしてくれよ。じゃ、いっとこうか」 豊は苦笑して、深く口づけた。滋の声を殺しながら、強く扱き立てる。 「んんーっ! ん、ん、うんんー! …は、はぁ…」 滋は絶頂を迎えたようだった。 「可愛い、かわいい、いい子だね」 「……へへ…」 頭を撫でられて、幸せに蕩けたような顔をする。豊の手がそのまま、するりと滋の後ろへ回される。 「…綺麗にしてきた?」 「…ん、当然でしょ…」 「後ろ向いて」 滋はうつぶせになり、尻を高く上げる姿勢になる。滋のそばに置いてあった木の桶みたいなものに、必要なものが全て入っているらしかった。軟膏のようなものをすくい取って、滋の耳元でなにか囁く。 「やだ、もう、そういうのいいから早く入れてよ」 人差し指を、ずっぷりと滋の中にさしこんでいく。 「んん、んん…ん、」 入れるときよりも、抜くときのほうが心地よいと感じるようで、その感覚を滋は何度もねだった。中指と薬指の三本が入るようになると、豊のほうも余裕を保っていられないようで、しきりに滋に声をかける。 「…気持ちい? 大丈夫?」 「んあああっ、もっと、もうちょっと…ねえ、触って、ちゃんとあそこ触って」 目じりを真っ赤にして、右手で体を支えながら振り返った滋が訴える。 「分かった分かった、しー、ちょっと声抑えような」 ちゅっと、豊が口づけて、そのまま左手で滋の口を覆う。 「飛ぶなよ」 「んんんんん!!」 一瞬、何が起こったのか暁には分からなかった。豊が滋の中を指でまさぐるたびに、滋が痙攣をおこす。 「んんんん!!」 聞くに堪えない、悲鳴のような声が二三度続いて、ついに暁は目を閉じてしまった。  どれくらいの時間が経っただろう。滋の声が止んで、ふーっ、ふーっと、獣のような息遣いが辺りを覆う。薄く瞳を開くと、滋が仰向けになって、豊の首に縋りついていた。その、蕩けて欲情しきった表情に、目が離せなくなる。 「…もう入れてもいい? しげる?」 「ん…うん、うん、はやく…!」 滋が豊の首に一層ぎゅっと縋りつく。豊が荒い息を整えて、ぐっと腰を寄せるのが見えた。 「んーーっ…! ん、あ、んんん…!」 暁は頭痛がするくらい、強く目を瞑った。そこからはずっと、布団に潜り込んでがたがた震えているしかできなかった。 「やあ、やあ、あ、あ、ああ、ああ、ねえ、もっと、ああ…そこじゃなくて、なんで…あ、あああ」 「まだ一回目終わらないからな、もうちょっと、がんばれ、よっと!」 「あああん! やあ、いじわる、いじわる、がんばってるよう…あ、ああ」 気が狂っているのだ。この森に住んでいる人はみんなこんなことをしているという。しかも滋はそれが嫌じゃないし、選ばれたことだし、名誉あることだと思っているんだ。それもすべて、かなこという女の人に自分の子供を産ませるためで、血を混ぜないために必要なことで、でも、それは隠さないといけないことで、そのせいで俺は部活にも入れなくて、しかもこの辺の人はみんなそれを俺に期待していて、みんな気が狂ってるんだ。お父さんもそうだ、滋もそうだ、みんな頭がおかしいんだ。 「…知るか、ふざけんな、俺は関係ないし、俺はこんなことしない」 右手で必死に自身を慰めながら、涙が頬を伝っていることに気づいた。 「しょうがないだろ、こんなの…こんなの…」 ぐすぐす泣いていると、ポコンとなにかを投げられた。 「…滋寝たから、綺麗にしたらこっちおいで。そこ寒いだろ」 豊の声だった。もう二人の喘ぎ声は聞こえてこない。投げられたボックスティッシュを手探りで掴んで、おぼつかない手で身支度を整える。恐る恐る顔を出すと、服を着た豊が手招きしていた。 「ストーブ点けるから、こっちこい。なにお前、泣くことないだろ? そんなに怖かったか?」 豊は苦笑した。這いずるようにストーブへ近づく。とにかく寒かった。 「滋はさ、早く暁にここに馴染んでもらいたいんだよ。おじさん連中は、暁のことをまだ信用しきれてないっていうか、探ってる部分があるから」 「そんなこと、俺は知らないし関係ない」 「あんまり詳しいこと言うなって言われてるんだけどさ、お前に逃げ出されると困るから。でも行くとこないだろ? それに、誰かが送ってやんなきゃ、明け方に出たって街には自力じゃ行けないしな…それと、ここじゃ駐在に電話しても取り合ってもらえないぜ」 「え…? 駐在ってなに」 「山を降りたとこに、おまわりの駐在所があるんだけど、山火事でも起きない限り誰も来ないな」 「嘘だろ…」 ぐしゃっと頭を撫でられる。 「そんなに怖がんな、楽しもうぜ。お前はここにいるしかないんだから、できることはやっちゃったほうがいいって、絶対。ほら、滋も可愛いだろ?」 視線の先に滋をとらえて、豊が微笑む。ださいトレーナーを着て、くうくう眠っている。こけしみたいな、細い目がぴったりと閉じられて、笑っているようにすら見える。 「…かわいくない…」 「嘘つけ、抜いたくせに」 「……」 指の背で、滋の頬を撫でる。 「滋もさ、暁を待ってたんだよ。もちろん俺も、お前を待ってた」 「…それを、聞いたら、俺が逃げ出すっていうんだ」 「うん。だから、元さんが言うまでは、誰も話さないことにしてる。まあ、それって暁にとっては有利なことだと思う」 「え?」 「だって、元さんと暁の間でしか、それは分からないだろ。聞いてて知らないふりしても、本当に聞いてなかったとしても、俺たちには分からない…あんまり、嘘とかつけるタイプじゃなさそうだけど」 よく笑う人だ。きっと優しい人なんだろう。武も滋も、優しい人には違いない。ただ、暁とは違う行動理念を持っている。一番身近な元とも感覚を共有できない。でも、周りの人が、厳しいだけよりはずっと救いがあると、暁は思い始めていた。 「…俺は、ここにいるしかないからここにいるんじゃなくて」 「ん?」 「父さんがここにいるから、ここにいるんだ」 「…元さんは、よくここに戻ってこれたって、俺は尊敬するよ」 「え?」 ぽつり、と零した。 「東京に出て、息子こんなに大きくなるまで育てて、こんなとこに戻ってくるなんてさ。かなこのことがあったとしても、俺だったらきっと無理だ」 「…東京は、NHK以外にもテレビ見れるんだよ」 「それな。ほんとな。さーて、寝るか。寒いから三人で寝ようぜ。掛け布団持ってこい」 「え、嘘やだ気持ち悪い」 「寒いのよりましだろ、ほら、電気消すぞ」 その日は、豊を真ん中にして、川の字で眠った。

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