7 / 9

第7話

 土曜日の夕飯を食べ終えると、滋が先に風呂に入った。暁と寝るためだ。暁の心は、おかしいくらい静かだった。これから男を抱くのに、興奮もしないし緊張もしない。まるで当然のことみたいだった。  滋は桶を持って蔵に入った。夏場は、蔵から蚊取り線香の匂いがしたら、入っていいという合図だと知っていた。重い鉄の扉を開けると、白熱灯の下で浴衣の滋が微笑んでいた。 「滋さんが、可愛く見えたら…」 「ん?」 「滋さんが可愛く見えたらここの人間だって、武さんが言ってたんだ。だから、可愛いって、言わないね」 「いいよ、暁の好きにしな」 吸い込まれるように、滋の胸に飛び込んだ。本当はずっとこうしたかった。息を奪うように、先を争うように、滋に口づける。唇の感触だけで、滋が笑ったことが分かった。いままで見るだけだった全てが、ここに帰結する。 滋の唇は熟した果物みたいに甘くて、いくらでも食べていられそうな気がした。頭を押さえて口の中を舌で探ると、滋の体がびくびくと動く。 「ん、…んん、ふっ…」 唾液があとからあとから溢れて、滋の口を汚していく。溺れそうだな、と息継ぎをしたら、耳元で「溺れるかと思った」と囁かれた。愛しさが振り切れると、殺意とか、破壊衝動とか、そういうものに近づいてしまうと暁は初めて知った。目の前のこの男を壊すくらい愛したいと思った。唇で、舌で、滋の体中を愛撫する。脇の下を舐めると泣くほど善がることも、臍をくすぐると射精するほどの快感を得ることも、ずっと見ていたから知っていた。 「ああ、あああ……ん、ん、ああ!」 捩れる体を、足まで使って押さえながらまさぐる。まじまじと見ることは叶わなかった滋の中心をいじめる。口に含むことに、なんの抵抗もなかった。こうすることが自然なことなのだ。滋の性器は、柔らかくて、でも張りがあって、とても感じやすかった。 「やだ、やだ、恥ずかしいよ…あ、ああ、あ、」 「滋さん、気持ちいい?」 「…聞かないでよ、ねえ、続けて…ああっ!」 じゅっと音を立ててむしゃぶりつくと、滋は叫びながらイった。なにも考えずに精液を嚥下した。味なんて、分からなかった。滋が恥ずかしそうにひんひん泣いている。もっと泣かせようと思った。そのための方法も分かっていた。桶の中に入っている、黄色い蓋の軟膏を初めて手に取った。べたべたしている。けれど人の肌に伸ばすと、すっと溶けて滑りが良くなるのだ。滋の顔が見ていたくて、前から手を差し入れて後ろの穴をほぐす。 「あ……あ、ああ、んん!」 「滋さん、目を見せて」 「え…? 目…?」 「目が綺麗なんだ、閉じないで」 「…そんなこと言われたことない…」 「俺は、ここの人じゃないから」 滋は悲しそうに笑った。暁のわがままを聞いて、ずっと目を開けていてくれた。視線が、どんな言葉よりも雄弁だった。人差し指を入れて、突くように押し上げると、もっともっととねだった。軟膏を足して、中指を添える。呼吸を合わせてぐっと潜り込ませると、大きな声で喘いだ。 「ああ、あ、足りないよお…あきら、あそこ、さわってよ…」 いろんな人に、三日と置かずに抱かれるから、滋は貪欲なのだ。初めて寝る暁にだって、躊躇わずに媚びる。娼婦みたいで、愛おしかった。言われたとおりに、暁は知らない滋のいいところを探る。武が、豊が、勝が、博が、瑞が探り当てた滋の快楽の泉を。鼻息荒く、滋の視線や喘ぎ声を観察しながら、奥まで、もっと奥までと指を這わせると、体がびくっと強張って、目に暗い光が宿る場所があった。 「…ここ…?」 「うん…!」 嬉しくて、何度も何度も、滋が泣いてもそこを指で突いた。 「あああ、やああ、ああ、ねえ、いっちゃう、いっちゃう、やだ、やだ、ああああ、あ、まって、ねえ、ああ、ああっ!!」 ぶしゅ、ぶしゅ、と滋が弱い力で射精する。勝手に勃起して、触れずに射精する。その、繰り返しが愛おしい。幼い頃こんなおもちゃで遊んだ記憶がある。 「指じゃやだ…やだ、暁、入れてよ…ああ、入れて、ねえ、入れてってば!」 滋がとうとう泣きながら、暁の左手を噛んだ。ゆっくりと指を引きぬくと、滋の体がぶるっと震える。そうだ、入れるより抜くほうが気持ちよかったんだ。 「…ちょっと、待っててね」 自分が服を脱いでいないことに今更ながら気付いた。滋の浴衣はもう帯すらない。全てを取り払うと、今まで生きてきた中で一番、熱く硬くいきり立った自分の男根が現れた。でも驚かなかった。これが自然だと思った。滋がうっとりとため息をつく。この男は知っているのだ、これからこの肉塊が、自分をどんなふうに犯すのか、自分がどんなふうに気持ち良く善がることができるのかを。桶からコンドームを取り出して、纏わせる。これも、何人もの男がこうやってかぶせて、滋の体を突きさすのを見てきた。 「入れるね…、俺の、目だけ、見ててね」 「…うん…」 滋がゆっくりと息を吐く。穴の筋肉が弛緩した瞬間に、ぐちゅ、っと音を立てて、強く突き入れた。 「ふあ、ああ、あ…!!」 滋の目から、どんどん涙が溢れる。きらきら、星がこぼれるみたいだった。自分の性器が、滋の体の中であったかい肉に包まれていく感触に、目が眩みそうだった。気持ちがいい。この人の体の中は、あったかくて、気持ちがいい。もっともっととほしがるように、滋の腰がへこへこ動くから、それに合わせて一番最後まで、根元までずっぷりと差し込んだ。 「ああああ…、あああ…」 とろん、と、蕩けて、幸せそうで、口元なんて緩みきって涎がでている。こんなに近くで、自分の腕の中で見るのは初めてだ。 「動かしていい…?」 陶酔している滋の右手をとって、ゆらゆらと揺らしてやる。 「…掴まれる?」 ふわっと、花が咲くみたいに笑って、滋はぎゅっとしがみついてきた。許された暁は、思うまま腰をふるった。 「ああ、ああ、んっ、ん、ふっ、あ、ああ…!」 何度も何度も、これが最後みたいに滋は暁を求めた。動物が、雌を孕ませようと奥の奥で精液を放つように、暁は射精した。何度求められて、何度正しく答えたか分からない。意識がどこまで保てたか、記憶にない。  なにかに呼ばれた気がして目が覚めた。蔵には時計がないけれど、だいたい朝の五時くらいだと分かった。やっぱり、途中から自分はちゃんとコンドームをつけていなくて、滋の体は大惨事だった。滋ではない。滋は眠っている。自分を呼んだのは別の誰かだ。滋の体を綺麗にしてやりたいけれど、暁はパンツだけ履いて蔵の外に飛び出した。誰かが呼んでいる。けれど外には誰もいない。声も聞こえない。でも、たしかになにかが、いる。 「…誰かいるの」 朝露が落ちる音ですら聞こえる気がした。全神経が、研ぎ澄まされていた。 「おたんじょうびおめでとう」 振り返ると、蔵の脇に人がいた。女だった。 「あきら、おたんじょうびおめでとう」 その女は、暁と同じ茶色の目をして、暁と同じちょっと高い鼻で、暁と同じ、小さな口をしていた。その口が、にいっと持ちあがる。哉子だ。そして哉子は 「…お誕生日おめでとう、お姉ちゃん」 哉子は満足そうに微笑んだ。 「かなこにはじかんがないの。おかあさんのおまじないは、これでもうきえちゃう。かなこはどうしてもあきらにつたえたいことがあるの」 「なに」 「かなこはね」 暁は、そこで双子の姉と約束をした。たった一人、同じ母親と同じ父親を持つ、きょうだいとして初めて出会って、そしてそれが永遠の別れだった。哉子は森へ帰った。暁は滋のもとへ戻る。彦奈の作法に則って、滋を清めてやるために。

ともだちにシェアしよう!