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3 真也 (現在)

店を出ると雨が降っていた。 音もなく降る雨は暮れゆく街を静かに濡らしていく。あちこちに出来き始めた水溜りは、水面に濡れた街を映して滲み揺れていた。 ーーまるで泣いてるみたいだ 「各務くん」 そっと抜けて来たつもりだったけれど、隣の彼女に気付かれない訳がなかった。 「帰っちゃうんですか?」 「ごめん。最初から途中で抜ける予定だったんだ」 「よ、良かったら、駅まで一緒に帰りませんか?私、傘持ってきてるんです」 正直どっちでも良いより面倒くさい方が勝っていた。 けれど彼女が差し出した傘の色に視線を奪われた。 鮮やかな赤い傘。 ーーあの日も ーー雨が、降っていた。 「おにーちゃん、泣いてるの?」 大好きな姉に傘を届ける途中だった。 「おにーちゃん、傘ないの?だから泣いてるの?」 覚えているのは、その人が雨に消えていなくなってしまいそうだと思ったこと。 そんなの絶対にダメだと思ったこと。 初めて会った人なのに。 五歳の真也は、寂し気なその人を助けてあげたいと、冷たい雨から守ってあげたいと、思った。 「おにーちゃん、はい、どーぞ?」 ーーこの傘がおにーちゃんを守ってくれますように 真也は自分のさしていた赤い傘をその人に差し出した。受け取ったその人が傘をさすと、茶色の髪に傘の赤色がとても綺麗で胸がドキドキと音をたてた。 それが初恋だったと知ったのは、残酷な再会を果たした十歳の時のことだった。 「各務くん?」 名前を呼ばれて、回想は唐突に終わる。 「ありがとう。君さえ良かったら駅までいれてくれる?」 雨の中、右手で傘を持って並んで歩く。 彼女の左側を歩きながら、いつもその人が自分を右側に置いて歩いてくれていたことに気が付いて、また好きになっていく。 雨の中、歩道脇の植え込みに咲く薄花色の紫陽花を見て胸が締め付けられる。出会った時の様にその人が泣いている気がして。 出来ることなら五歳に戻って、もう一度傘を届けてあげたい。その人に必要なのは、もう自分の傘じゃないと分かっていても。 一体あとどれくらい心を傾けたら、もういいやと諦められるのか。 雨の中……雨の中。 ーー祐介さん ーーこんなに……こんなに貴方のことばかりだよ

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