6 / 11

5 真也 (現在)

「雨が止むといいのに」 傘の中で彼女が言った。 「だって今夜は七夕ですよ。雨が降ると彦星と織姫は会えない」 「あー」 「でも、その雨のおかげで私はこうして各務くんと相合傘してる」 彼女の言葉にどう答えるのが正解なのか真也には分からなかった。 だからせめて彼女が少しも濡れずにすむように用心深く隣を歩く。 「各務くんって、優しい……ね」 何も(こた)えてくれないのが答えだと、それが彼の優しさだと彼女は知っていた。 そんな彼を ーーずっと見ていたから けれどその優しさは無関心とよく似て、冷たく彼女の心を拒んでいた。 駅の手前の交差点。 赤に変わりそうな信号機に気を取られて、真也は横にいる彼女の寂し気な気配に気が付かない。 やがて車道側の信号が青になり、一斉に動き出した車は他人など知らないよ、とばかりに飛沫(しぶき)を散らして走り去っていく。 「雨でも会えるよ」 今日が七夕だと、もちろん知っていた。 自分の生まれた日なのだから。 その七夕に降る雨は、織姫の嬉し涙だと真也に教えてくれたのは祐介だった。 だから雨が降っても、ふたりは会えたのだと。 その事を話そうと真也は雨に滲む赤から隣の彼女に視線を移す。 けれど答えを待つ彼女の瞳を見たら言えなくなった。 叶わぬ想いを閉じ込めた瞳の色の哀しさを真也は知っていた。何度も何度も鏡の中に同じ色を見たはずなのに、どうして人は他人の痛みにはこんなにも鈍感なのだろうか。 真也は彼女の名前さえ知らなかった。 このまま知らないまま別れて、この先も知らないままだろう。 「止むといいね」 真也が嘘をついて会話を終わらせたのは、精一杯の彼女への誠意だった。 曖昧な態度と優しさは時に残酷で、凍えるくらいに冷たくて、それは氷の刃となって相手の心を傷付けてしまう。 けれどそれでも良いと望むのが片恋ならば、あの日の真也はそれに縋った。 だから、祐介さん。 ーー貴方は何も悪くない

ともだちにシェアしよう!