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7 祐介 (回想)
一度だけの約束に縋ったのは真也だったのか祐介だったのか。
「祐介さんが欲しい」
いけないと分かっていた。
だから再会してからずっと自分を戒めていた。
でもその戒めは十年の歳月を経て少しずつ緩んでいった。
「俺が欲しいってお前それは……えーと、どういう意味だ?」
「どういう意味って、そんなのひとつしかないでしょう」
いつの間にか自分より背が高くなって、時折あんな風に男の表情 を見せるようにさえなったのに。それなのに祐介には、今も真也の中にあの日の少女が見えた。
あの日、下駄箱の並ぶ昇降口の軒先で、一人で雨を見ていた。
誰を待つ訳でもなく。
クラスの誰とも馴染めずにいるのは、まだ転校して来て間もないという事だけが、理由じゃないと分かっていた。それでも簡単には心を開けずに、祐介はいつも孤独 だった。
「おにーちゃん」
視界に飛び込んで来たのは大きな笑顔。
まるで仔犬みたいに無邪気で可愛い女の子が目の前に立っていた。真っ黒でツヤツヤな髪と黒曜石みたいな目。その目が心配そうに自分をじぃーと見ていた。
「この傘がおにーちゃんを守ってくれますように」
差し出された傘を祐介は反射的に受け取ってしまう。
「いいの?君が濡れちゃうよ?」
「おねーちゃんの傘に入れてもらうから大丈夫」
ーーバイバイ、おにーちゃん
そう言って雨の中を走り去った小さな後ろ姿。
残された赤い傘の持ち手部分に揺れるネームタグに記 された名前は
ーー真也……マヤ?
あの時の笑顔とその名前がそれからの祐介の人生に、ずっと寄り添ってくれてきたことを真也は知らない。
数年後、真紀に弟だと紹介されて、すぐにあの雨の日の子だと分かった。そして男の子だったと知って驚いた。名前は真也と書いてマヤではなくてシンヤと読むのだった。
ーー道理で……
真紀に初めて会った時に感じた不思議な既視感の理由。
真也の方は全く覚えていない様子だった。
それでも祐介の想いは変わらなかった。
あの雨の日の出会いが自分を変え、今日まで生かしてくれた。
「橘 ってそんな風に笑うんだな」
それまでの祐介は自分と他人の間に超えられない壁、或いは埋められない溝のようなものを常に感じていた。それらを自分の欠陥や落ち度だと考えていた祐介は、笑わない少年だった。笑わない……笑い方を知らない少年だった。
ーーそれを真也が教えてくれた
「もっとすました奴かと思った」
ーー自分が変われば周りも変わる
「なんだぁ、俺たちと同じじゃん」
そんな風に壁は壊れていつしか溝は埋まっていった。
ーーもう祐介は孤独 じゃなかった
真也が祐介を孤独な世界から救い出してくれた。
「この傘がおにーちゃんを守ってくれますように」
今度は俺が
ーーお前の傘になるよ
「祐介さんが欲しい」
切なそうに眉根を寄せて震える声で真也は言った。引き寄せて抱き締めてしまいそうになるのを祐介は懸命に耐えた。好きな人がいると言った真也。
辛い恋をしていたのだろうか?相手は男なのか?どんな野郎だ?問い詰めたいことは山ほどあった。
けれどそんな瑣末なことなど全部呑み込んで、祐介は自分の部屋の合鍵を真也に渡した。
「本当に俺が欲しいのなら……」
ーーお前に俺をやるよ
ーーたとえそれが誰かの身代わりだったとしても
「お前に全部やるよ」
ーー俺がお前の笑顔を守るよ
そう誓ったのに
ーーごめんな、真也
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