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第3話
柔らかい綿毛で身体を包み込まれているような心地よさがある。
(死んじゃったのかな…。祠にまで行けなかった…。何にも出来ずに終わっちゃったな…。)
ゆっくりと瞼を上げるという木材を基調とした天井が見える。
「あ、あれ…?」
周りを見渡すと桜の花のような色合いの障子や若草色をした漆喰塗りの壁で5畳ほどの広さだった。
近くには楽のみやタライがあり、中に水が張ってある。起き上がるとタオルが額から落ちてきた。
(どなたか看病をしてくれたんだ…。)
嬉しさと一緒に胸の中心がぎゅーっと締め付けられるようにどきどきとした。
両親を亡くしてから、初めて他人から優しくして貰えた。嬉しくて涙が出てくる。
その時すーっと障子が開いた。看病してくれた人が来てくれたのだろう。お礼を言おうと布団から慌てて出て端座し、深くこうべを垂れた。
「助けてくださりありがとうございます。とても助かりました。」
「元気になったか。よい、頭を上げろ。」
「あっはい。」
頭を上げ、お顔を拝借する。お顔を見た時、思わず固まってしまった。
人ではない。
紺色の着物の上に灰色の羽織を羽織っており、生地も見た目より高級さが伺える。しかし顔、手足には産毛ではすまされない量の毛が見える。
見た目は狼だ。目は金色、尖った鼻に、大きな口。しかし二足歩行。そして、山にいる狼とは毛の色が違った。銀を主に金が混じっている。光が透けて、とても綺麗だ。
昔書物で見たことがある、獣人と呼ばれる妖怪にそっくりだ。
驚いたのと、見惚れていたこともあり、自分は動けないでいた。
「どうしたのだ?」
自分が動かないので、目の前の方が屈んで目線を合わせてくれる。近くで見るとさらに体格差がわかった。横の大きさは自分の2倍はありそうだ。背はもちろん高い。
「い、いえっ。あっじ、自分は貴方のような方を初めて拝見したので……」
「ああ…、そうだな。この姿は人前では見せない。いつもは狼の姿にて山を守っているのでな。驚いたか。」
ぴかっと目の前が光り、明るすぎて目を開けていられなくなった。光がやみ、目を開けると目の前には茶色の毛並みで一般的な狼がいた。
「あっ……狼……」
狼がパクパクと口を開けると、ウゥンウゥンと鳴く。しばらくしてまた獣人の姿に戻られた。
「狼の姿では人間と意思が伝わらないからな。この姿だ。」
「そうなのですか…。ありがとうございます。」
「ん?何に感謝をしているのだ。」
獣人は不思議そうに顎に手を当て、自分を見つめる。
「あっ、えっと。自分と話をしてくださる為にお姿を変えて下さったので、それに対する感謝で…す。」
「………ふむ。」
変なことを言ってしまっただろうか。不安になる。顔を俯いていると、顔を手で撫でられる。爪が長いが先が当たらないように触れ、爪甲の滑らかさと獣毛が猫のように柔らかく、怖くない。
「…名は何という?」
さわさわと触れてくれる手が心地いい。
「…はい、圭(ケイ)と申します。」
「圭……」
獣人の方は名前を呟くと、首のほうへ顔を近づけてきた。
久しぶりに名前を呼ばれた。両親が死んで、呼んでくれる人はいなかった。ぐっと胸が締め付けられ、また目頭が熱くなってきた。
獣人の方がすんすんと匂いを嗅ぐような音が耳元でする。山道を歩いてきたので臭うのだろうか。申し訳ない。恥ずかしさで顔に熱が集まる。顔が近いので獣人の方の匂いもする。獣人の方は山の匂いだ。
土や草や森などの安らぐ匂い。
「圭は人間臭くないな。草食動物のような匂いだ。」
「えっ?」
「肉や米や乳、油などの混じった匂いがしない。人間は全ての匂いを纏っているのにお主は米と野菜の匂いしかせぬ。」
「ああ…。自分は6年前から米と野菜しか食べておりませんので、それでかと……。」
「なんと。誠か。」
「はい。」
恐れられ、物々交換すら満足に出来なかっただけである。苦い気持ちがあがってくる。
「今回の捧げ物は優良だな。」
「えっ」
捧げ物?優良?確かに自分は山神様の捧げ物として山道を歩いていた。意識を失ってここで目を覚まして……。
顔に疑問が浮かんでいたのか獣人の方がふっと口角をあげ、目を細める。
「圭は私への供物であろう?」
………もしかして。
「…………山神様?」
「そう呼ばれておる。名は聡慧(ソウケイ)と申す。」
「聡慧様……」
見ず知らずの方に助けて頂いたと思っていたが山神様だったのか。聡慧…山神様の山は聡慧山と呼ばれていた。そうか。よかった。無事に人見御供ができたのだ。
供物がすべき事。
たどり着けないと思ったが、たどり着けたのだ。
しっかりと果たさなければ。
一歩身を引き、深々とお辞儀をした。
「聡慧様。改めまして圭と申します。村より聡慧様への供物として参りました。どうぞお好きにお使い下さい。村を引き続きお守りいただきます様よろしくお願い致します。」
何をするのだろう。供物であるなら食べられるのだろうか。
生きたまま食べられると痛みは耐えれるだろうか。泣き叫ばないようにしなければ。一思いに殺して声を出せないようにして欲しい。
これから死ぬと思うと指先が震えた。でも看病してくれて、名前も呼んで貰えた。
それだけで十分だ。
聡慧様が手を撫で、包み込むように優しく触れた。温かさを感じ思わず顔を上げてしまう。聡慧様はゆっくりと微笑んだ。
「手が震えておる。…余が怖いか?」
「あ…すみません。聡慧様は怖くありません。あ、あの不躾なのですが、食べられる時に叫ぶかもしれないので、先に声が出ないようにして頂けると嬉しいです。叫んで粗相をしそうで……。」
何も言わずに粗相をするよりもよいと思いお願いしてみたが、聡慧様の顔はぽかんと驚かれたような顔をされる。そしてくっくっと笑われた。
「そうか…。食べられると思い震えていたのだな。」
聡慧様はゆっくりと抱きしめると、布団の上に押し倒された。
「咀嚼はしない。しかし圭は私とまぐわうのだ。」
「まぐわう……自分と聡慧様が…?」
「怖くなったか?」
怖い…?見目は人とは異なる。しかし、自分と話をしてくださり、優しく温かく触れて下さった。同じ見目の人の方が怖いぐらいだ。
「それはありません。私は…その、人とも経験がありません。聡慧様がご相手では、それこそ粗相をしてしまいそうで…。恐れ多いです。」
「嫌ではないか?」
「まさかっ。両親を亡くした後に看病して下さり、自分の名前を呼んでくださったのは聡慧様だけです。とても心が温かくなりました。聡慧様が自分を欲して下さるのならとても嬉しゅうございます。」
「そうか…。」
慈しむようなお顔をされ、ゆっくりと私を抱きしめて下さる。ふわふわとした毛が気持ちよく、温かい。
「余は圭の容姿も匂いも立ち振る舞いも愛しいと思うてる。余に身体を授けれくれ。」
金色の目と合う。とても綺麗で目が離せなくなった。
「はい……。好きにして下さい…。」
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