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第五話 描かれた花魁
「日本語」
『英語』
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オレの父さんが長を務める貿易商船「warwick(ウォーリック)」が日本に到着してからもうすぐひと月になる。港の貨物船を拠点に日本のあちこちにオレ達がイングランドや他の国から仕入れた物を売ったり、日本の銀や陶芸品などと交換する。日本を含め外国で手に入れた物をイングランドに持ち帰ってまたお金や物々交換で取り引きをする。訳あって日本の一番偉い人とは取り引きできないけどそれでもある程度の利益は出る。
そしてついさっき日本の貴族らしき家との売買が終わったところだ。
「アリガトゴサイマシタ、Mr.イチジョウ。またヨロシクお願いシマス」
「ああ、こちらこそありがとう。お陰で良いものが手に入った」
Mr.イチジョウと握手をして屋敷を出る。売上は上々。多分父さんも認めてくれる筈だ。
『坊っちゃん、後は船に戻るだけなのでこのまま町に出ますか? 荷物は運んでおきますよ』
敷地の外へ出たところで一緒に来ていたハリーが声を掛けてくれた。ここ最近オレが遊びに出かけているのを知っているから気を遣ってくれたんだろう。
『ありがとう。行ってくる』
『行ってらっしゃいませ。お気をつけて』
ハリーに荷物を預けてお礼を言った。今日はアイリスと会う約束はしていないから一人で町を探索する。アイリスと一緒に行けるところはないか、何かプレゼントできる物がないか探しに行こう。
暫く歩くと町の外れに出た。甘味屋や薬屋、酒場の建ち並ぶ道を抜けた先に、沢山の人物画が飾られているのを見つける。オレが近寄ると絵描きの人は笑顔で軽く頭を下げる。絵を見ると絵のモデルになっているのは色とりどりの鮮やかな着物を着た若い男女だった。
『綺麗な絵……』
「あんた、外国の人かい?」
「あっ、ハイ。イングランドから来マシタ」
オレと同じように絵を見ていた男性三人組に声を掛けられた。オレやアイリスよりもかなり年上だ。
「いんぐらんど? ああ、西洋の方か。この絵、気にいってんのか?」
「ハイ。とってもキレイ」
「だよなあ。これ、皆遊女や花魁なんだぜ。もう何年も前に居なくなっちまったやつから最近客を取り始めた若いやつも居る」
「オイラン……」
ふと、アイリスとの出来事が蘇る。アイリスはオイランがお酒を飲んで楽しく会話するだけじゃない事を教えてくれた。この絵の人たちが皆”ああいう仕事”をしている人なのか……オレは一枚一枚、絵に描かれたオイランを見る。皆凛としていて上品な美しさがあってやっぱり綺麗だ。その中で一人、目線を合わせずに何処かを睨みつけている紫色の着物を着た茶髪の青年が目に止まる。
「アイリス……?」
「お、それがお気に入りか? 残念ながら何ヶ月か前に年季が明けて廓から出て行っちまったんだ。ちょいと遅かったな」
「確か《華乱》って所の花魁だな。名前は……菖蒲か」
男性のうちの一人が絵の端の文字を読む。右下に小さく「華乱―菖蒲」と書かれていた。
「菖蒲はそこそこ人気あったよなあ。なんせこの反抗的な目が快楽に濡れるんだ。組み敷いて犯したいときはこいつに限るぜ」
「ああ、最初は刺々しいのにだんだん蕩けた顔になるのが堪んねえな」
「そうか? 俺は断然向日葵派だったけどね。あいつは良い男だ」
男性達の話を聞いて愕然とする。嘘……だよね? アイリスがオイラン? こんな奴らに身体を売っていたの? こんな、人を物みたいに扱うようなクズにいいようにされていたの?
「前は菖蒲と呼ばれていた」
「綺麗じゃねえよあんな奴ら」
アイリスは前にこう言っていた。もう一度菖蒲の絵を見る。そこに描かれているのは、確かにアイリスだった。オレが黙って絵を見ている間も三人は話を続ける。
「最初っから従順な奴はつまらねえよ」
「だよな。あの反抗的な目が良いんだよ。めちゃくちゃにしてやりたくなる。もっと抱きてえなあ。今何処に居るんだよ」
「金握らせれば今でもできるだろうな。今度……」
『止めろ』
これ以上我慢できなくてオレは叫んだ。オレの声に驚いた通行人が何人か立ち止まったり振り返ったりする。それでも構わずに続けた。
「そんな目でアイリスを見ないで! これ以上アイリスを汚さないで! せめてもう二度とアイリスに近づかないで」
三人が呆然としている間にオレは絵描きの人に日本のお金を差し出す。
「コレ、買いマス」
「あいよ」
オレはお金を渡してアイリスの絵を抱きかかえ、その場から走って立ち去った。
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