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第八話 一緒に行こう

「そうだ、後二つの話って何だ?」 ルーカスの優しさに甘えて忘れていた。ルーカスの話はまだ終わっていない。 「話してもイイの? オレのコト、キライになってナイの?」 「いや、何で俺がルーカスを嫌いになるんだ?」 「だって……アイリスの話、聞いちゃったから」 ルーカスは先程とは一変して俯いて肩を落としている。本当にくるくる表情が変わる男だ。今度は俺はルーカスの手を握って言う。 「嫌いになってない」 「ホント?」 「こんな嘘は吐かねえよ」 俺が言えばルーカスは嬉しい、と笑った。うん、やっぱり笑った顔の方が似合っている。 「あのね……オレ、明後日イングランド帰らないといけなくなった」 「……は?」 二拍くらいおいてから漸く声が出た。聞き間違いじゃなきゃ俺の過去云々よりよっぽど大事な話じゃねえか。 「帰らなきゃいけなくなって、父さんが仕事早く終わらせて、もう日本を出て行くの」 「だって来月末だって言ったじゃねえか!」 「ゴメンなさい……ゴメンなさい」 ルーカスは俺に頭を下げた。でも直ぐに上げて再び俺を見る。 「それで、三つ目の話。アイリス、イッショにイングランド来てほしい」 「は? いやいやいやちょっと待て!」 俺は思わず勢い良く立ち上がる。何もかも話が急すぎる。お陰で先程まで出そうだった涙は引っ込んだ。 「オレは今回、ニホンには残れナイ。どうしてもやらなきゃイケナイコト、ある。だからアイリスにイッショに来てほしい。でも、ムリヤリにとは言わナイ」 ルーカスの顔は大真面目だった。恋文を渡された翌日、確かにそんな話をした。だけどまさかこんなに早くそんな日が来るとは思っていなかった。 「ごめん、そんな直ぐには準備ができない。それに何より……正直に言うと俺、まだルーカスへの気持ちが決まってないんだ」 「準備は手伝うし必要な物ならオレが揃える。トモダチとしてでも良いよ。アイリスと離れたくない」 それはルーカスの本心だろう。俺だってルーカスに側にいてほしい。でも俺の気持ちはまだ揺らいでいた。あれだけルーカスは俺に与えてくれて、心地良い事も分かっているけれど、これがちゃんと“恋”なのかは分からない。 「だけど俺はそんな中途半端な気持ちで、ルーカスにもルーカスの家族にも迷惑は掛けられない。だから時間が欲しい」 「オレが皆に迷惑にならないようにするって言っても?」 俺は頷いた。何もできない、ルーカスへの恋愛的な気持ちも有るのか無いのかも分からない、そもそも準備は間に合わない。ルーカスと一緒に居たい気持ちは山々だが俺にはその覚悟は無かった。 「ルーカス、また日本に来ることはあるか?」 「あるよ。ニホンも沢山取り引きシテル。でも、次いつ来られるかは、ワカラナイ。何年後だと思う」 やはり年単位か。だが距離を置くにしろ想うにしろきっと丁度良い長さだろう。流石に十年とかではないはずだ。だけど離れて、ルーカスが俺への気持ちが薄まるかもしれないし、他の誰かと結ばれているかもしれない。そう考えたら胸がズキンと痛む。 「もしまた日本に来たら……俺の事迎えに来てくれるか?」 「モチロン」 自分勝手な都合の良い事を聞いたのに、間髪入れずにはっきりとそう返された。だから大丈夫、ルーカスが俺以外を選ぶ事は無い。そう思うと謎のズキズキした痛みは和らぐ。だけど罪悪感は消えなかった。 「ごめん……俺、我儘で優柔不断で……自分の事なのに全然分からなくて。次会うまでにはちゃんと答え、出すから」 「待っテル。元々後一ヶ月かけてアイリスにスキになってもらうつもりだったから。急に離れ離れになるからきっと、アイリスのココロがビックリしてパニックなんだよ」   「ありがとう……」 きっとこのままルーカスの船に乗れば、俺は間違いなくルーカスに甘えっぱなしになる。初めての事は全部ルーカスに任せるし、ルーカスが真っ直ぐに想いをぶつけてくれても俺は曖昧な返事をし続けるだけだと思う。だから時間を掛けて沢山考えて、ちゃんとこの気持ちを固めて、ルーカスに貰った分を……それ以上をルーカスに返したい。

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