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第4話
握手会当日。
僕は恐怖に震えていた。性犯罪者になったときは、本当に申し訳ないと、麗には頭を下げておいた。麗は、変わらない笑顔で、何も言わずに僕を見送ってくれた。
したためておいた手紙は結局、事前に段ボール箱の中に入れることになっているらしく、直接渡すことはできなかった。
整理番号順に並び、自分の番を待つ。ああ、うるさいぞ、心臓。いっそ、殺してくれ。いっそ楽にしてくれ。いや、落ち着け。死ぬなら、柊くんと握手をした後だ。ああ、早くしてくれ、いやちょっと待ってくれ。
「次の方、どうぞ」
白いパーテンションの向こう側、柊くんがいた。黒猫のお面をしている。顔を見られるのが恥ずかしくて、マスクとサングラスを装備していたのだけど、衝動的に外していた。
滅多にない機会だ。無駄にして堪るか。どうせ柊くんにとっては大勢の中の1人なんだから、恥じらってちゃ、もったいない。
じっと、黒猫のお面と見つめ合う。
え、これどうすればいいの。係の人、なんで何も言ってくれないの。じっとこっち見られてもどうすればいいのかわからないんだけど。僕、泣きそうなんだけど!
「あ、あの!」
柊くんの声だ。
席から立ち上がって、こっちに両手を差し出してくれている。え、優しい。
「握手、して下さい」
「は、はひ」
夢かな。
手袋を取り、恐る恐る、柊くんの手をとる。細い。小さい。ああ、そう、そうだ。何か話さないと。
どうしよう。ああ、泣いてしまう。でも伝えないと。
「ひっ、柊くんに出会えてから、毎日、楽しいです。今まで、人生、消化していくだけの時間だと思っていたけど、今は、柊くんのために生きようって思っています。あ、黒猫も。あの、生きていくために必要だから、お金稼ぐために仕事してたけど、今は、欲しいものがあって。次、お給料でたらあれ買おう、これ買おうって考えるの、意外と楽しい。黒猫グッズ見かけると、かわいいなって思って手に取るし、部屋にも黒猫グッズ増えてきてて。僕、前に比べると、ちゃんと生きてるって感じがしてます。あの、今までありがとうございました。これからも、えと、お元気で。応援しています」
黒猫のお面越しじゃあ、どんな表情をしているのかわからない。
けど、手が、僕の手をぎゅってしてくれた。
離しがたい。けど、これ以上は、次に待っている人にも柊くんにも迷惑だ。
「あ、じゃあ。あの、あ、CD買います!」
手から力を抜き、パーテンションの反対側から外に出る。途端に、涙が零れた。
言えた。言えたぞ。全部、言えた。
頑張ったぞ、僕。
神様に触れてしまった。神様に声をかけてしまった。
大丈夫。
僕、犯罪者になってない。
「ちょ、葵くん、こっち!」
「あれ、なんで」
「麗くんから聞いた。早く車乗って! 何やってんの!」
マネージャーに、手を引っ張られながら、会場から連れ出された。
「立場を考えて」とか「そいういうことは俺を通して」とか、なんかめちゃくちゃ怒られている。
なんでだ。むしろ、ここは褒められていいところでは。
ああ、もっと余韻に浸っていたかったのに。
「僕、仕事もっと頑張るね」
CD、何枚買おう。
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