4 / 65
4-店番とおやつタイム
ゴローくんがうちに来て、もう四日。
やっぱりお風呂上がりに具合が悪くなるようだけど、それ以外は体調に問題ないようだ。
本当に少食なようで、あれから食事はほぼ冷えたお粥だけしか食べない。
特に上に乗ったクコの実と松の実は本当に好きなようだ。
おやつにミックスナッツをあげたらそれも喜んでくれた。
「ゴローくん、おやつ。今日はぶどうだよ。好きかな?」
「ぶどう……食べたことないです」
ゴローくんは一体どんな生活を送ってきたのか、食べたことのないものが非常に多い。
でもとにかくナッツ系と果物は大好きなようだ。
ゴローくんは昨日から、一階の古書店で手伝いをしてくれるようになっていた。
料理があの有様だったので非常に不安だったが、居候をしていたお店では店番を任されており、電子決済の端末も扱えますと静かに力説され、手伝いをお願いすることになったのだ。
この古書店は、希少本の通販でもっているようなもので、店頭に来る客は少なく、ゆっくり見たいという人ばかり。
もし客に鍵付きのガラスケースに並べている本を見せて欲しいと頼まれたり、古書に関する説明を求められれば、レジ裏の部屋で原稿を書いているオレを呼んでくれと伝えている。
これまでは原稿を書きながら一人で店をしていたので、原稿に夢中になるとついつい商品整理がおろそかになって、本はあるのに店頭に並べられず、通販のラインナップに入れるのも遅れがちという状態になっていた。
なので、店番と言いつつも、ゴローくんには主に書棚整理を頼んでいる。
実はゴローくんは文字があまり読めないらしい。
子供の頃にスクールで習うはずなのにそんなことがあるのかと不思議でしょうがないけど、実際ひらがなと数字はわかるが、カタカナは少しあやしくて、漢字も読めるのは『山』『川』など簡単なもののみ。アルファベットはいくつかわかるものがあるとう程度だった。
そんな状態なので、棚と本にオレが付箋を貼っていって、それに従い整理をしてもらうようにした。
手取り早く展示品の入れ替えを済ますと、まずは棚落ち本を指示。
そして、その棚落ち本を店の奥の書棚に整理してもらいつつ、お客さんがいい加減に返したものや、本来置くべき場所に置けずに、しかたなく別のところに並べてしまったものも正しい位置に戻してもらう。
しかし、オレの指示が間に合わずに、ゴローくんに追いつかれてしまった。
それゆえに、普段は取ることのないおやつタイムをゴローくんに献上したのだ。
ゴローくんが一つづつ、非常に丁寧にぶどうを食べている間に、書棚に付箋を貼りつつ、次の作業を手順を考えていく。
実は、レジ裏の倉庫にしている部屋の左端をオレは魔界と呼んでいる。
衣装ケースに入った未整理の希少本と、この店では売れない本が積み上げられ、色んな意味でデッドスペースと化しているのだ。
ゴローくんが手伝ってくれたおかげで、オレにもようやくこの魔界に踏み込む勇気が湧いた。
あいた棚に希少本を陳列し、不要本は古本市で始末という大願成就まであと一歩。
これも全てゴローくんのおかげだ。
おやつを食べ終わったゴローくんは、すぐに書棚の整理にもどった。
彼はオレが止めない限り休もうともしない。とっても働き者で感心する。
その上、本のタイトルなどでよく見かける漢字や英単語の読みをオレに質問しては覚えていくなど、勉強熱心でもある。どうして読めない文字がこんなに多いのか不思議なくらいだ。
「本棚の上に貼ってるコレはなんですか?」
「ああ、防虫剤。本はそのまま置いとくと虫がついて嫌な匂いがしだすからね。防虫剤でそれが防げるんだ」
ゴローくんは曖昧に頷いた。
あまり文字を読めないくらいだから、古い本のニオイというのも知らないんだろう。
「この棚、終わりました」
「ああ、ありがとう!本当に本当に助かるよ」
不要な本を抜いて、整理し直したら一列の半分ほどのアキができた。
これで、魔界にある本を置くことができる。
ゴローくんはオレがお礼を言っても表情はあまり変わらない。
だけど、小鼻がピクピクしていて、内心ものすごく喜んでるんだろうなというのが伝わってくる。
そのピクピク見たさに、オレの感謝の言葉もだんだん大げさになってしまっていた。
「ゴローくんがいてくれて本当に良かった!」
ポンと肩を叩くと、静かに目をそらして口をムニムニと動かす。
無愛想にすら見える反応だけど、オレにはわかる。
これは照れてる顔だ。
……ああ。可愛いなぁ。
「ゴローくんは本当に働き者だね。こういう作業は好きなの?」
「どんな作業でも、ヒトの役に立つのは好きです」
「そっか、とっても助かってるよ。ありがとう」
「……嬉しいです」
クールな横顔を見せたまま、首までパーっと真っ赤になった。
……ああ、ゴローくんはなんて純粋な子なんだろう。
本当は最初、彼のことを裏口に落ちていた不審者のように思っていた。
だけどこの数日一緒にいて、オレはゴローくんの素直さと純粋さに癒され続けている。
もしかしたらゴローくんは、神様がオレの失恋の傷を忘れさせるために遣わしてくれた天使なのかもしれない。
なんてね……。
ともだちにシェアしよう!