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5-コクウは今頃イチャイチャしてるんだろうな

閉店の時間となり表の木戸を閉めていると、コクウがやってきた。 「ハクト、ネットのコラム掲載百回目おめでとう!」 「え……?」 酒瓶を三本掲げて満面の笑みだ。 「百回って言ったって……」 「なに平然としてんだよ。初めてそこそこ大手のサイトで連載になったコラムが百回も続いたんだぞ。こんなめでたいことはないだろ」 「ああ、そうだね、ありがとう」 それまでもコラム記事を掲載してくれているサイトはいくつかあったけど、ほとんどは小銭稼ぎにしかならなかった。 でもそういう活動がこのサイトでの連載につながり、さらにそれがきっかけでイベントや企画などに誘われ始め、仕事の幅も広がったんだ。 端っこで書かせてもらってるだけだし、祝うほどのことではないかもしれないけど、百回という区切りで、これまでの仕事を再認識するのはいいかもしれない。 コクウの優しさは、常に少し圧が強めだ。 正直、暑苦しくてオレは引きがちだが、それでもコクウの暑苦しさは好きだった。 戸締りを済ますと、コクウを二階のリビングに案内し、グラスと作り置きのピクルスや乾き物を出す。 「飲むとなったらもう食事を作るのは面倒だな。近所の店で惣菜と寿司でも買ってこようか」 「あ、俺が一緒に飲むのは一杯だけな。それ以上はチョミに叱られる」 「そっか、じゃあ、オレとゴローくんの分だけ……」 何か手伝うことはないかとこちらをうかがっていたゴローくんが、さっと携帯端末を渡してくれた。 「あの、僕は、晩ご飯はナッツとピクルスだけでいいので……」 「じゃあ、オレの分だけ?」 「注文してください。僕、取ってきます」 クールな眼差しのゴローくんがお使いに静かに闘志を燃やしている。 注文をして店の場所を教えると、ゴローくんは力強く頷いて出て行った。 「せっかくなら、チョミちゃんも連れて来れば良かったのに」 コクウの持ってきた酒を足高の切子グラスにつぐ。 一杯だけと言いつつも、三本持ってきているから、各一杯づつという意味だろう。 「ダメだ。チョミはオレが酒を飲むと発情するからな。流石にお前の家で恥ずかしい姿を晒すわけにはいかない」 つまり、オレの家で飲んだそのあとは、チョミちゃんとよろしくやるってことかよ。 ……別にうらやましくないぞ。 そう、うらやましくなんかないさ。 「でもたしか、オスのノンアノは単身では発情しないはずだろ?酒飲んで発情してるのはチョミちゃんじゃなくて、コクウのほうじゃないのか?」 「ええ?……飲んだときに愛しいチョミが目の前にいたら、エロい気分になるのは当然だろ?で、俺がエロい気分になったのを感知するとチョミが発情して……なぁ?ほら、もう……可愛いんだってばよ!お前も早くノンアノを飼えよ」 「なんでそうなる」 「飼おうかって話してたじゃないか。それともあれか?ゴローくんと上手くいっちゃったとか?」 「……ないよ」 「ほんとかぁ?ゴローくんすごくハクトになついてるし、全然もとの家を探そうとしてる気配がないじゃないか」 ……そう言われれば。 彼は部分記憶喪失の迷子で、本当の家を探さなければいけないということ自体忘れていた。 いや、本当はわかっていながら、そのことから目をそむけてたんだ。 「ゴローくんは素直で、いい子で、可愛いけど、でもそういうんじゃないよ」 グラスから芳醇な香りを放つ、やや黄味がかった酒を口に含む。 程よい雑味がふくよかさを増して、美味しい……。 けど、ちょっと度数が高そうだ。 「ふーん。どうせいなくなると思うと、迂闊にその気になれないってとこか」 「………」 さらっと図星をついてくる。 この無神経さ、どうにかならないものかな。 「チョミがいた店さ、三日間お試しレンタルもやってるみたいだぞ。もちろん口をつけたら買取だから気をつけないといけないけど、どうだ?」 「どうだと言われても……」 一般的にノンアノを飼うときには最初にキスをして飼い主を覚えさせる。 どうやらノンアノは体液の交換によって飼い主を認識するらしいのだ。 ショップにいる幼いノンアノに甘えて顔を寄せられ、可愛さに負けてチュッとしてしまって買取りなんて話もたまに聞く。 それが三日間レンタルとなれば、かなり情が湧いて、買取一直線となる可能性は高い。 「ゴローくんと仲良くなって、今は恋人と別れた寂しさが紛らわせてるかもしれないけど、ゴローくんが出て行ったらどうする?余計に寂しくてたまらなくなるんじゃないか?」 「……それは……」 まだ四日なのに、このままずっとゴローくんがいてくれたらと思ってる。 いや、もうすでに、ずっと彼がここにいる気でいた。 実際、今日、勝手に彼のための携帯端末を買ってしまったし。 店を手伝ってもらってるのはいいけど、無給で働かせるのは悪いと思って……現金手渡しよりはこっちの方が便利だろうと、給料を電子マネーとしてチャージして……。 いくらゴローくんといるのが楽しいからって、勇み足にも程が有る。 よくよく考えたら給料より端末の方が高いじゃないか……。 ああ、自分が怖い。 「……だめだ、このままだと、オレ、どんどんゴローくんに依存してしまう」 グラスの酒を一気に飲み干して、次の酒瓶を開けた。 「おいおい、すでに依存が見える領域なのか」 「うん……。あー!ノンアノを飼おう!そうだ!オレは可愛くて従順なチョミちゃんみたいなノンアノを飼うぞ!」 「そうか。チョミは全然従順じゃないけど、それはそれですごく可愛いぞ!そうだノンアノを飼おう!」 よくわからないノリでコクウと二度目の乾杯をした。 その時。 「……ただいま帰りました」 妙にぼそぼそとした声で帰宅を告げ、ゴローくんがテーブルにオレの分の寿司と惣菜を並べてくれた。 「ゴローくん、お使い、ありがとう。ほら、ナッツとピクルスそれから果物もあるよ。ゴローくんもお酒飲む?」 「……飲んだことないけど、多分、飲めないのでいいです」 「そっか。じゃあ、お茶で乾杯」 「はい。乾杯」 「ゴローくん、俺とも乾杯!」 「はい。乾杯」 一杯だけと言いながら、結局持ってきたお酒をグラスに並々注いで各二杯づつ。 二人とも顔が赤くなり、帰るために立ち上がったコクウは足が少しフラついていた。 見送りはいらないと階段を降りていく足音も大きめだ。 自分じゃわからないけど、きっとオレも同じくらい酔っているに違いない。 あーあ。 家に着いたコクウは今頃……チョミちゃんとチュッチュイチャイチャしてるんだろうなぁ。 はぁ……羨ましい。 オレだって……オレだってノンアノを飼ったら……。 チュッチュ、イチャイチャ……。 「ノンアノを飼うんですか?」 すこし霞んだ視界の中で、ゴローくんがじっとオレをみつめていた。 クールな顔立ち。 ……前の彼氏の方が絶対イケメンなんだけど……カッコ可愛いんだよな、ゴローくんは。 「ノンアノ、飼うよ」 「そうですか」 コクウと話しているうちに『飼う』と心が決まってしまっていた。 だって、ノンアノでも飼わなきゃ、ゴローくんがいなくなった寂しさに耐えられそうにないから。

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