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12-これはどういうことだよ、ゴローくん

目が覚めると、すぐそばでノンちゃんの愛らしい目がオレを見つめていた。 どうやら起きるのを待っていたようだ。 それにしてもずいぶんと早い時間だ。 ノンちゃんが朝から元気なので、朝食前に二人で近所を散歩することにした。 散歩をするときには、一応ハーネスの背中か首輪にリードをつけるのが前時代の名残のマナーなのだが、本格的なリードでノンアノを繋いで散歩するヒトなどまずおらず、リードと言いながら大きなリボンをつけたり、キラキラしたジュエルストラップを下げたり、マスコットをつけたりと、可愛く飾るのが一般的だ。 ちなみに、ノンちゃんのお散歩用の首輪についているのはシンプルだけど大きな白いリボン。 白いハーネスシャツと良く合っていて、より可愛らしく見えた。 勝手口から一歩出ると、コクウのパン屋から香ばしい香りがした。 裏路地から表通りに出ると、高く突き抜けるような空の青が目に飛び込んでくる。 これだけで、今日一日気分良く過ごせそうだ。 商店街のレンガ通りをまっすぐ行くと、大きな公園がある。そこへ向かうのがこの界隈の定番散歩コースとなっていた。 「お、ハクト、ノンアノを飼ったのか?」 ランニングウェアに身を包んだ八百屋のオウガさんが、日に焼けた笑顔でノンちゃんの顔を覗き込んできた。 人見知りなんか全くしなさそうなノンちゃんだが、大柄なオウガさんは迫力がありすぎたのか、オレの足をギュッと掴んで半身を隠す。 「いや、お試しレンタルでショップから預かってるんだ」 「そうなのか。でも、一旦そばに置いちゃうと、情が移って手放せなくなるだろ?特にその子可愛いしなぁ」 曖昧に返事をしたけど、このままウチで飼われるんだとノンちゃんが勘違いしそうなので、そういうことを言うのはやめてほしかった。 公園に着いたらノンちゃんは他の散歩中のノンアノとピンピンと耳を振って挨拶をしている。 無邪気なノンちゃんがサッと近づくと、年長のノンアノがゆったり距離をとったり、なんだかノンアノ同士のコミュニケーションにも色々あるようだ。 散歩を終え家に戻ると、ノンちゃんはリズミカルに音をたて階段を登っていく。 「ノンちゃん、お散歩楽しかった?」 「うん!おさんぽ、大好き!あのね、みんながねリボン素敵だねってほめてくれるの」 え?そんな会話なかったけど。 もしかして、あの耳の挨拶だけで、そんなやりとりまでできるんだろうか。 ノンアノ、すごいな……。 「ただいま」 リビングに座っていたゴローくんに声をかける。 するとゴローくんは跳ねるようにソファから立ち上がった。 「……ど、どこに行ってたんですか?」 しまった。 ゴローくんに声をかけずに散歩に行ったせいで、心配をかけてしまったみたいだ。 「お散歩!楽しかったよ!ねー」 ノンちゃんが笑顔で握ったオレの手をブンブンと振った。 「お散歩……?」 「うん、ただ散歩に行っただけ。ごめんね、何も言わずに行っちゃって」 「いえ……」 ゴローくんが少し沈んでしまった。 時々忘れそうになってしまうけど、ゴローくんは部分記憶喪失で、迷子で、今は不安でいっぱいのはずだ。 なのに、何も言わずに一人にするなんて、配慮が足らなさすぎた……。 お詫びの気持ちを込めてゴローくんの朝ごはんのおかゆには、いつもの倍、クコの実と松の実を乗せた。 けど、そんな気持ちは伝わらなかったようで、少し微妙な顔をして、一粒一粒実を口に運んでいる。 ごめんね、ゴローくん。 今日の午後にはノンちゃんがショップに帰るから、そのあとゴローくんときちんと話そう。 ゴローくんに伝えたいと思いながら、そのままになっていることがある。 『酔ってキスしてしまったけど、オレは後悔どころか素敵な思い出だと思ってる』ってこと。 『これからもずっと一緒に居たいと思ってる』ってこと。 『だから、家が見つかっても、またここに戻ってきて欲しい』ってこと……。 今日もノンちゃんをゴローくんに任せて開店準備をする。 表の木戸を開けると、棚の状態の確認。 これなら今日オレが本を分類して、ゴローくんに|品出(しなだ)ししてもらえば、店頭に陳列したかった本は全て出せる。 そのあとは商品を再チェックして……。 今日の段取りを確認して、階段から二階にいる二人に声をかけた。 「……あれ?ノンちゃん、ゴローくんは?」 降りてきたのはノンちゃんだけだった。 「お散歩行くって」 「え?ゴローくんが?一人で?」 「うん。お散歩楽しかったよって言ったら『僕はお散歩行ったことない』って。それでね、お出かけしたよ」 「ええ……?ゴローくん、どこ行ったんだろ?」 心配ではあるけど、近所を散歩するくらいなら大丈夫だろう。 そう思って、オレはノンちゃんの面倒を見ながら仕事に取り掛かった。 ◇ ……。 はっ、しまった。 本の仕分けに夢中になりすぎた。 パッとノンちゃんを見ると、レジに座ってうたた寝をしていた。 もう正午近い。 ………んっ?ゴローくんは? あ……あれ? 急いで二階を確認したけど、ゴローくんは帰って来ていなかった。 いくらなんでも散歩にしては長すぎる。 すぐに表に飛び出し、ゴローくんの姿を探して店の前の細い通りを往復。 再度家と店を確認したあと、今度は大通りを早足で歩いた。 レンガ通りを素早く抜けると、その先にある公園にまで着いてしまったけど。 いない……。 もしかすると、もう帰ってきてるのかも。 あ、しまった!またノンちゃんに声もかけずに店を飛び出してしまった。 急いで家に引き返したけど……。 「居ない!ゴローくんが居ない!!!!」 店にも二階にもゴローくんは戻ってきていなかった。 「ノンちゃん、ごめん!ちょっとお留守番してて!」 これでノンちゃんまでオレを探して迷子にでもなったら、目も当てられない。 オレが向かったのはコクウのパン屋だ。 飛び込んできたオレに目を丸くする従業員には目もくれず、店の奥に向かって叫んでいた。 「コクウ!ゴローくんがいない!ゴローくんがいない!」 「どうした、そんな取り乱して」 奥から白い作業服を着たコクウが出てきた。 「ゴローくんがいないんだ!」 落ち着いて事情を話せと言われたけど、説明できることが何もなかった。 「落ち着けよ、ハクト。ゴローくんは携帯端末を持ってるんだろ?位置情報は確認したのか?」 「あ……あ…ああ、そうだった!」 急いで自分の端末でゴローくんの位置情報を確認する。 「……なんだよ、ハクト。ゴローくん、お前んちに戻ってるじゃないか」 「あ……なんだ。よかったぁ……。また迷子になって戻ってこれなくなったんじゃないかって……」 力が抜け、へたり込んでしまいそうだった。 「ゴローくん、ちゃんと携帯端末持って出かけたんだよな?」 コクウが笑顔でオレの背中をパンと叩いた。 「……え?」 「『え?』ってなんだよ!すぐに自宅に確認に行け!」 あわてて自宅に戻り、店をのぞくが、そこにゴローくんの姿はなかった。すぐに二階に駆け上がる。 「……い、いない……ゴローくん……いない……!」 全ての部屋、風呂、トイレをのぞいたけど、ゴローくんの姿はなかった。 そして再びゴローくんが使っていた部屋を確認すると、ベッドのヘッドボードの棚に携帯端末が置かれているのに気付いた。 「ゴローくん……」 オレは力なく絨毯に膝をついていた。 また、迷子になってるんだろうか。 きっと不安いっぱいで、だけど平然として見える無表情で街をさまよい歩いて……。 ああ……こんなところでへたり込んでる場合じゃない。すぐに探しに行かないと! パッと立ち上がると、今更のようにベッドの上に綺麗に畳んで置いてある服が目に留まった。 あれ……?これ、今日オレがゴローくんのために用意した服じゃないか? ……間違いないパンツは一本しか貸していないし、それどころか下着のパンツまで畳んで置いてある。 これは……どういうことだ? 急いでもゴローくんが勝手口に倒れていた時に着ていた服を探した。 けど、見つからない。 「……ゴローくん?」 これは……これはどういうことだよ、ゴローくん……。

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