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13-手がかりさえ見つからない
午後一時過ぎにノンアノショップの店員がノンちゃんを引き取りに来た。
しかし、ゴローくんが居なくなってショック状態のオレは、気遣いが出来なくなってしまっていたようだ。
うっかりノンちゃんの目の前で、ショップ店員に飼う気はないと伝えてしまった。
その時のノンちゃんの目……。
「ぜったいボクを飼ってくれるって思ってたのに……」
うつむいてまつげを震わせる。ノンちゃんにあんな顔はさせたくなかった。
ごめん……ノンちゃん。
けど、ノンちゃんは群を抜いて可愛いから、すぐにオレよりももっと裕福で条件のいい家に買い取られ、愛してもらえるにちがいない。
「ノンちゃん、ゴローくんが出て行った時、何か言ってなかった?」
見送りの時、ショップの車に乗るノンちゃんにそう聞いたのも少し無神経だったと思う。
ノンちゃんは不機嫌さを隠さず、そっぽを向いた。
「知らない。行きたいとこがあったから出てったんでしょ」
幼いノンちゃんに正論を言われ、なんとも情けない気分で手を振ってお別れをした。
午後は在庫整理をしても、原稿を書いても落ち着かず、夕方前には店を閉めてゴローくんを探し回った。
けど、ゴローくんがどちらに向かって歩いて行ったのかという手がかりさえ見つからない。
「ゴローくん……」
昨晩なんか食べる気になれない。
ゴローくんの居た部屋のベッドに寝転がる。
枕からほんのすこしだけゴローくんの香りがした。
けれどそれもすぐにかき消えてしまう。
過ごしやすい季節とはいえ、夜は冷える。
ゴローくんは今どこにいるんだろう。
クールな横顔のゴローくん。
小さく微笑むゴローくん。
ちょっと照れたゴローくん。
そして、淫らに濡れるゴローくん。
いろんな顔のゴローくんが次々と思い起こされる。
ゴローくんはどうして出て行ってしまったんだろう。
文字が苦手なことはわかっているけど、置き手紙でもないかと探した。だけど、やっぱりない。
かわりに携帯端末にメッセージが残ってないか確認をしたけど、パスワードも仮設定のままでゴローくんが使った形跡自体がほとんどなかった。
初期設定の待ち受け画面を見つめたまま、オレの時間が凍りつく。
何を見ているわけでもないのに、端末がスリープすればまた待ち受けを表示して、それを条件反射のように繰り返す。
そして気づけば電池残量が二十パーセントを切っていた。
きっとこれがこの端末を購入して初めての充電……。
オレはため息をつきながらゴローくんのための携帯端末を充電器に繋いだ。
◇
あっという間にゴローくんが居なくなって三日が過ぎた。
ここに来た時、ゴローくんが嫌がった警察にも届けた。
けれど、本来の住所も、本当の年齢も、なに種のヒトなのかも、身分証のナンバーもわからず、写真もない状態では望み薄だと言われてしまった。
でも、とりあえずゴローくんがいなくなった日に、近隣のコミュニティも含め、大きな事件、事故はおこっていないという情報をもらえたことだけは収穫だった。
駅前や近隣のコミュニティの中心地でゴローくんを見かけたヒトがいないか尋ねてまわったりもしたが手がかりはなく、ネットで『たずねビト』として情報を求めたが、顔写真がないから有力情報は集まらなかった。
「コクウ……ゴローくん、大丈夫かな……」
コクウは二日続けて夜にオレの様子を見に来てくれた。
「抜けていた記憶が戻って、元にいた家に帰ったという可能性もあるな」
「けど、それならオレに何も言わずに出て行く必要はないだろ?」
「部分記憶が戻ると、前後の記憶が混乱して、今どこで何をしているのかわからなくなることもあるらしいぞ。そのせいで飛び出したってことも考えられる」
「そんな……だったら、探しようがないよ」
「ゴローくんが居候してた家は見つかってないのか?」
「それがわかれば苦労しない」
「ゴローくんが店番をしていたのは、たしか、日用品店だったよな」
「ああ、おじさんが住んでて、そこの二階に居候させてもらってたって」
「つまり、この店と同じく、二階建てで一階が店舗なんだな?それから、配達もしてたんだろ?」
「うん、お使いから帰る途中に迷ったって言ってた」
「配達先はノンアノ用の小さい滑り台のある公園の側だったよな」
「え、そうだっけ?」
「そう言ってただろ?」
そんな話、オレの記憶にはなかった。
コクウがゴローくんと二人でいる時に聞き出したのかもしれない。
「コクウ、ゴローくんは他にも近所に何があるとか言ってなかった?」
「えーっと、商店の向かいか、斜め前だかにシマシマの丸い棒がくるくる回ってるので、ついつい見てしまうって言ってたから、そこは散髪屋のはず」
「他には?」
「他っていってもな……。うーん。店の主人が『店はあまりお客が来ないけど、近くにコンビニやスーパーがないから、配達でどうにか潰れないで済んでる』って言ってたらしい」
……潰れそうな日用品店の向かいにクルクル回る装飾のある散髪屋があって、近くにスーパーやコンビニがなくて、コミュニティ内にノンアノ用滑り台のある地域……。
「……マップで探そう」
「え……?」
「なんでもっと早くに教えてくれなかったんだよコクウ」
「は……?え?」
オレは携帯端末で手始めにこの近くのコミュニティのマップから見ていった。
「ゴローくんが三、四日で歩いていける範囲内をしらみつぶしに探していく」
「三、四日で歩ける範囲って、高低差を考慮しないマップ上で見ると、とんでもなく広くないか?」
「えーっと、ネットで調べると成人男性が一日で歩く距離は約三十キロって書いてる。単純計算すると四日で百二十キロだけど、最初の一日はお使いの家を探してそんな遠くまで歩き回ってなかったはずだから、三日として半径九十キロ圏内?」
「きゅ……?他県まで入るじゃないか。まあ……頑張れよ」
「ああ」
日用品店よりは散髪屋の方が少ないはずだ。
そして子供は全てマザーのハウスにいるから、遊具のある公園もそこまで多くない。
まずはその二点から絞り込んで探そう……。
「なあ、ハクトが何かして、怒って出て行ったって可能性は?」
「あの日の朝は、ゴローくんとは何も。もちろんゴローくんが怒っている様子もなかった。その前日には『元々居候していた商店を見つけても、またここに戻ってきて欲しいと思ってる』って伝えてたんだ。ゴローくんもOKしてくれて、本当ならその数日後には『これからもずっと一緒に居て欲しい』って伝えるつもりだった」
「前日までは上手くいってたんだな。でも、結局『ずっと一緒にいて欲しい』とは伝えられてないと」
「ああ……」
「ゴローくんに居候しづらいと思わせる雰囲気があったんじゃないのか?もしくは、ハクトに調子を合わせてただけで、本当は一緒に居たくなかったとか」
ゴローくん探しのついでに買ってきたクッキーをつまみながら、コクウがオレのメンタルをえぐってくる。
「それはわからない。ゴローくん遠慮がちだったからな」
「ウチのチョミだったら、お前が来ただけでちょっと不機嫌になるけどな」
「ゴローくんとチョミちゃんを一緒にするなよ。それにチョミちゃんは五分も経てば不機嫌さは治ってオレと遊んでくれるじゃないか」
「寝る時間になってもまだお前が居るとまた不機嫌になるけどな」
ゴローくんにウチに居づらいと思わせてたんじゃないかと聞かれれば、心当たりは……。
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