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15-捨てられた?

「あの子、何故か耳を編み込みで押さえて隠してましたからね。ノンアノだと知らずに家に置いていたなら驚くのも無理はないと思います。でもあの子は間違いなくノンアノですよ。採寸のとき耳もしっぽも確認しましたから。それに教えないから読み書きができないだけで、大抵のノンアノはひらがなくらいなら読めるようになるんですよ。とはいえ、あれほど賢い子はそうそういないですけど」 いや、だって、料理はまるっきりだったけど、きっちりと掃除ができて、服もたためて、店番もするなんて、ノンアノのはずはない。 反論はいくらでも思い浮かんだが、ゴローくん自らノンアノの服を買いに来たことに加え、耳としっぽを確認したと言われれば……。 それでも信じられない。 信じられないけど、表情を見る限り店主のシンエンさんが嘘を言っているとも思えない。 「ゴローくんは……ゴローくんは……」 「はい」 「ノンアノ……なんですか?」 店主が改めてオレに向き直った。 「ノンアノらしくはないですが、あの子はノンアノです」 「……だって、耳もないし」 「さっきも言った通り、編み込みで押さえつけて隠していたんです。大きくてとても形のいい、美しい耳がありましたよ」 ゴローくんが、ノンアノ……。 こう真っ正直な顔で断言されれば、信じられないまま事実として受け入れるしかないようだ。 「ゴローくんはこの店に来た次の日にいなくなってしまったんです。ここでどんな様子だったか、なんでもいいので教えてくれませんか?」 店主のシンエンさんは頷くと、静かにゴローくんが来た日のことを話してくれた。 その日、来店したゴローくんは商品をチラチラ見ながらもまったく落ち着かない様子だったらしい。そこでシンエンさんが声をかけると、ゴロくんはすぐにはオーダーについて尋ねたそうだ。 ノンアノを見慣れたシンエンさんでも、すぐにはゴローくんがノンアノであると気づかなかったらしい。 オーダーの手順や価格帯を説明し、もし注文するなら採寸の必要があるから、飼ってるノンアノを連れてきて欲しいと伝えたところ、ゴローくんは、自分用なのでいま採寸してほしいと答えたそうだ。 ゴローくんをよく見ると、ノンアノの耳のある位置の髪がかすかに動いていた。 シンエンさんの視線に気づいたゴローくんは、自分から髪をほどいて黒く大きな耳を見せたらしい。 「飼い主さんはどうしたの?」 シンエンさんがそう聞くと 「好きに買い物してきていいと言われたから」 と、うつむきながら携帯端末を見せてきたそうだ。 そして、端末がきちんとゴローくんの生体認証で起動すること、電子決済用にお金も入っていることを示し、体が大きすぎる自分には市販品は着られないため、ノンアノ服を作って欲しいと頼んだという。 たしかにゴローくんは通常のノンアノより四十センチは身長が高い。 オーダー以外は無理だろう。 しかし、この店を見回せば、飾られているのはブルーの水玉やピンクのレース柄など可愛らしいハーネスシャツとショートパンツやミニスカートのセットばかりだ。ゴローくんがこういったノンアノの服を着ているところなど、全く想像できない。 オレの視線に気づいたシンエンさんが苦笑いを浮かべた。 「さっきも言った通り、あの子がオーダーしたのはシンプルな黒のハーネスとパンツですから、こういうのじゃないですよ?」 「あ……そ、そうですね。で、ゴローくんなんですが、オーダーした際に何か言ってなかったでしょうか?どんな些細なことでもいいので、ウチを出てどこに向かったのか、何か手がかりになればと思いまして……」 「すみません。ほとんど素材やサイズ感などの話ばかりで。なにせノンアノが自分で選んでこの店にきて、注文するなど初めてのことで、夢中になってしまって」 「ああ……そうですよね」 「はぐれノンアノは飼い主さんの元に帰りたがるものなので、もしかしたらゴローくんは何かのきっかけで飼い主さんの所在のヒントを見つけ、我を忘れて探しに出ちゃったのかもしれないですね」 飼い主……この単語がオレに突き刺さる。 『いくら心配したところで、お前にゴローくんと一緒にいる権利はないんだ』と言われているみたいだ。 「ゴローくんは……元の飼い主のことは何も言ってなかったんですか?」 「全く何も。あの子携帯端末を持ってたでしょう?ノンアノに携帯端末を持たせるなんて変わった飼い主さんだとは思いましたが、それだけ信頼されてるんだろうなと」 ノンアノでも教えれば電子決済くらいはできるに違いない。だけど、普通の飼い主なら本能に忠実で金銭感覚ゼロのノンアノに携帯端末なんか持たせないだろう。 「携帯端末は……オレが渡したんです。ゴローくんは電子決済の仕方も知ってましたし、まさかノンアノだとは思わなかったんで。チャージしてたお金はウチの店を手伝ってくれた分のバイト代だったんです」 「なるほど、あなたが。あの子はあなたの家で優しくしてもらっていたんでしょうね。ゴローくんからは、はぐれノンアノの悲壮感を全く感じませんでした」 「そう……ですか」 それでもゴローくんはうちから出て行ってしまった。いや、うちが嫌で出て行ったとは限らない。迷子になっている可能性だってある……。 「とはいえ、あの子がノンアノだということを貴方に隠していたというのは不自然です。普通ならはぐれノンアノは素性を隠すどころか、飼い主さんを探して欲しいとお願いするものです。しかし、それをしなかったということは、あの子は、飼い主の元から逃げたか、捨てられたのかもしれないですね」 「……捨てられた?」 「たまにいるんですよ、思っていたのと違ったとか言って、ノンアノを捨てちゃうヒトが。本当に許しがたいことです」 「ゴローくんは、うちに来る前にも別の場所に一年くらい居候してたんです。本来の飼い主のところにいたのは、その前じゃないかと思うんですが」 「なるほど。ならば、飼い主さんはもうゴローくんのことを探していないと思って間違いないですね。あの子は手術も受けていないようだし」 「……そうなんですか」 ノンアノに繁殖をさせる予定がないなら、二、三歳で生殖機能を失わせる手術をするのが一般的だ。 そうすると、寿命が倍近く伸び、病気リスクも減って、より長くノンアノと一緒に暮らすことができるのだ。 「あの子は元々ずば抜けて大きかったんでしょうが、手術を受ける前に捨てられたか、受けさせないでいいと判断されてしまったのか、手術を受けなかったせいでさらに成長して、ヒト並みの身長になったんでしょうね」 シンエンさんが『ふう』とため息をついて腕を組んだ。 「でも、飼い主さんではないにしろ、あの子のことをこんなに心配してくれるヒトがいて良かった。貴方にあの子を飼ってあげて欲しいとまでは頼めませんが、あの子が無事に見つかって、私が作った服を着てくれることを祈っています」 「……はい」 オレが、ゴローくんを飼う……。 そう言われても、ゴローくんがノンアノであるということからして、まだ自分の中で腑に落ちていない。

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