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16-当たるフシが少しずつ浮かんでくる

「ああ、そうだ。保護施設は確認しましたか?」 「保護施設?」 「ええ、はぐれノンアノを一時保護する施設です。そこである程度の期間保護して、飼い主が迎えに来なかった場合は、新しい飼い主を探す譲渡会に回されます。それで新しい飼い主に巡り会えなければ、俗に収容所と呼ばれる地域ノンアノセンターに送られて、そこで余生を過ごすことになるんです」 「え……余生って……」 「ああ、大丈夫ですよ。収容所と言っても、監獄みたいなところじゃなくて、マザーのホームのように明るく綺麗なところなんです。ノンアノが遊び感覚でできるような簡単な作業をさせて、みんなで暮らしています。大昔のような殺処分なんて、絶対にありえませんから」 「そう……ですか」 「最後までたっぷり愛情を注いでくれた飼い主さんと死別した子などは、愛された思い出とともに穏やかに余生を過ごすことが多いようです。とはいえ、収容された事情はそれぞれなので、中には捨てられてちょっと性格のねじ曲がってしまった子などもいます。そんな子達が、できるだけ幸せに暮らせるように、ここの売り上げの一部もセンターへ寄付しているんです」 「そうなんですね。オレ、ノンアノを飼ったことがないから、そういうことは一切知らなくて……」 「知らないヒトがいるのも当然です。でもこの機会に知ってもらえただけでも良かったです」 「……はい」 ゴローくんの涼やかな横顔を思い返す。 やっぱり、彼がノンアノだとは思えない。 けど……彼には本当の飼い主がいて、逃げ出したか、もしくは捨てられてしまったのだ。 「あの、ノンアノは飼い主は絶対の愛情を注ぐものなんですよね。でも逃げたり、新しい飼い主に引き取られる子もいる。『絶対』だった前の飼い主の事を忘れられるものなんでしょうか」 シンエンさんが少し困ったように微笑んだ。 「たっぷり愛してくれた飼い主と死別したノンアノは、新しい飼い主を受け入れにくいようです。ですが、事情により手放さざるをえない場合は『新しい飼い主さんに可愛がってもらうんだよ』と言い含めて譲渡すれば、『元の飼い主に言われたから』と新しい飼い主に従い、次第に愛情を深めていくようです」 「そうなんですね」 「そして飼い主から愛されずに逃げてしまったノンアノの場合は、離れて半年ほど経てば、元の飼い主への執着は薄まり、新しい飼い主を受け入れるようになるようです」 ……という事は、ゴローくんはとっくに元の飼い主への執着をなくしている可能性が高い。 いや、それも単なる希望的観測でしかないが……。 「とにかくノンアノにとって大切なのは飼い主の愛情なんです。仮に劣悪な環境で生活していたとしても、飼い主に愛されていれば逃げ出す事はありません。逆にどんなに良い環境で、美しく着飾られ、高級な餌を与えられていても、飼い主の愛を感じられなければ強いストレスを感じ、衰弱したり、逃げ出したりしてしまうんです」 『はぐれノンアノ』は、愛してくれる新しい飼い主を求めて彷徨ってるということなんだろうか……。 ということは、ゴローくんがオレの元を出て行ったのも、新しい飼い主を求めて? 「もし、今もゴローくんが街を彷徨っているなら、事故などが心配です。それに普通のはぐれノンアノなら拾って飼おうというヒトも現れるかもしれませんが、あの外見ですからそもそもノンアノだと気付いてもらえない可能性が高い。もしゴローくんと再会できたら、貴方があの子を飼えなかったとしても、きちんと保護施設へ連れて行ってあげてください。そうすれば、新しい飼い主と巡り会える可能性が多少高まるはずです」 「……わかりました」 「あ、それから、服は現在制作中です。ゴローくんにとって初めてのノンアノ服なんです。着てくれるのを楽しみにしてると伝えていただけますか?」 「はい……」 話を終えたオレは、複雑な気持ちで店を出た。 目の前の風景は、店に入る以前と変わりないのに、なぜかずっしりと重く見えた。 はあ……。 ゴローくんはとてもじゃないがノンアノには見えない。 なのに、ゴローくんはノンアノなんだ……。 ゴローくんの行き先の手がかりはなく、代わりに思いがけない情報を知ってしまった。 自宅へ向かう足が重い。 そして、何も考えられない。 家に着くとオレはフラフラと二階に上がり、ゴローくんの使っていたベッドに転がった。 ゴローくんが出て行った日に脱いで畳んでいった服は、どうしても片付ける気になれず、ベッドの上に置いたままになっている。 これは元々オレの服だ。 オレがいくら小柄だとはいえ、一般的なノンアノと比べれば頭一つ半以上大きい。 なのにゴローくんはこれを違和感なく着ていた。 ゴローくんは漢字も少しだけ読める。 ゴローくんは電子決済ができる。 ゴローくんはヒトに甘えない。 どれもノンアノらしくない。 考えるのが嫌になって、オレは店を開け、書棚の整理を始めた。 暗くなっても、書棚の整理をやめられず、閉店時間後も表の木戸だけ閉め、食事もせずに仕事を続けた。 腰が痛くなって、それでも異様な集中力で古書を検品し、データ化し続ける。 そして朝にはほぼ作業が終わり、残すは店頭から下げオークションに出品する古書の仕分けだけになっていた。 「あー……魔界が消えた……為せば成るだな……」 声がかすれている。 これからは、億劫がらずに入荷してすぐに整理すれば、もう魔界が出来る事はないだろう。 さすがに眠い。 けど変な高揚感があって眠れそうにない。 ちょっと早いけど、飯食って、店開けるか……。 キッチンに行くと、未開封のクコの実と松の実の袋が目に入った。 ゴローくんのために、追加でコクウに分けてもらったものだ。 そっか……。 ノンアノだから、ゴローくんはあんなにも少食で、こういうのが好きだったのか。 たまにチョミちゃんのように特定の野菜を好む子もいるが、ほとんどのノンアノはタネやナッツ、そして果物を好んだ。 ノンアノフードのクッキーバーはひまわりの種やドライフルーツがメインだったはず。 ここにたどり着くまでも、街中で木の実を食べてたとか言ってたしな。 そういえばしゃべりかたにも、ほんの少したどたどしいところがあった。 他にも思い当たるフシが少しずつ浮かんでくる。 ……そうか……。 ゴローくんは……ノンアノなのか………。 オレは……。 一方的に愛してくれるノンアノを飼いたかったんじゃない。 共に支え合う、恋人が欲しかったんだ……。 失望にも似た脱力感があった。 でも、ゴローくんがノンアノだと言うなら、これから誰かが彼を飼う可能性だってある。 そう思うと、たまらなくなる。 ゴローくんが恋人に対するよりももっと強い執着を持って、オレ以外の誰かに愛情深い目を向ける……。 純粋で、一途な、絶対の愛を捧げてもらえるのは、ゴローくんの飼い主だけなんだ……。

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