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19-会いたくて、会いたくて

「あのデカイのは、耳さえ隠せばヒトに見えたから使い勝手が良かったんだよ。けど、家ん中でずっと帽子をかぶってるってのも不自然だろ?最初は耳が半分飛び出したり、下手くそだったけど『ノンアノだってバレたら収容所行きだぞ』って言ったら、怖がってきっちり耳を隠すようになったよ」 ゴローくんは収容所行きを怖がっていたのか。 この口ぶりから推測するに、収容所送りになると、殺処分されるとか、そんな嘘を吹き込んだんだろう。 でもオーダー服店のシンエンさんは、収容所と呼ばれるノンアノセンターは、本当は恐ろしい場所じゃないと言っていた。 「つまり、脅して言うことをきかせてたってことか?」 「はぁ?ヒト聞きの悪いことを言うんじゃないよ。ここに置いて欲しけりゃ手伝えとは言ったけど、嫌がるのに無理やり何かをやらせたことはないぜ?それにアイツは、俺が見つけた時にはすでにヒトの服を着て帽子を被ってたし、大して仕込まなくても掃除も洗濯もできたんだ。アレは間違いなく飼い主にもやらされてたんだよ」 「飼い主にも……」 いや、ゴローくんはヒトの役に立つのが好きだと言ってた。 飼い主に無理矢理働かされていたとは限らない。 そして、この店主が『収容所行き』という言葉で脅して、無届けのノンアノたちを働かせていたという事実も変わらない。 ……けど。 知らなかったとはいえ、オレもゴローくんに店の手伝いをやらせてしまっていたため、強く批判ができない。 「あんた、ゴローくんから元々の飼い主の話は聞いてないのか?」 「ああ、ノンアノを多頭飼いするような金持ちの家にいたみたいだぜ。『オメェみたいな変なノンアノを飼うヤツはよっぽど変わった趣味してたんだな』って言ったら『他の子たちは可愛いから』って言ってたな。あと、そんなデカくなったから捨てられたのかって聞いたら、違うってよ。でもまあ、飼い主に邪険にされて逃げ出したんだろうな」 ……飼い主に邪険にされていたというのは、この男の推測に過ぎない。 けど、飼い主がゴローくんを可愛がり、いなくなった後本気で探していたなら、ゴローくんがこの男の元に一年近く居候するなどありえないだろう。 「ふふん。あのデカブツより、あんたの方がよっぽどノンアノみたいだ。俺が飼うんだったら、断然アンタだな」 「はぁ?なんでオレが」 「そう怒るなよ。可愛らしいってことじゃねぇか」 「微塵も嬉しくない」 カサカサに枯れた男に、急にじっとりとした目を向けられ怖気が立った。 そんなイヤな空気を拭う為に、とにかくゴローくんについての質問を重ねる。 そして、ゴローくんが彷徨い続けてこの店にたどり着いた訳ではなく、隣にある非常に裕福なコミュニティの公園をうろついていた所を拾ったのだということが判明した。 この男が拾った時にはすでに飼い主の元を離れて三日は経っていたと言うが、ほとんど誘拐まがいだ。 「アレは他のノンアノよりずいぶん賢かったけど、やっぱり配達までは無理だったな。まあ、売り上げが返ってきたから良しとするよ」 店主が呑気にオレの神経を逆なでする。 この店主はゴローくんのことをタダで使える労働力としか思っていない。 それが悔しかった。 けど、ゴローくんがノンアノであると知って失望してしまったオレは、そんなことを言える立場なのか。 店主から聞ける話は、おおよそ聞き出した。 ここにゴローくんの現在の居所につながるような手がかりはなかった。 それでも、ここはもうゴローくんが戻る場所じゃないとわかっただけで、わざわざ足を運んだ甲斐があったと言えるだろう。 一応店主に話を聞かせてくれた礼を言うと、こんな時には手土産の一つでも持って来るもんだと嫌味で返された。 ゴローくんが厚く世話になっていたなら恐縮するところだが、この店主が連れていかなければ、ゴローくんはとっくに保護され、もっといい環境で過ごしていたはずなのだ。 けどその場合、オレはゴローくんと出会うことはなかっただろう。 …………いや。 ゴローくんと出会えた事をこんな男のお陰だとは思いたくない。 オレは苛立ちを振り切るように店を後にした。 ◇ 自宅へ向かって車を走らせながら考えるのは、当然ゴローくんのことだ。 ゴローくんは再び迷子になってしまったのか、目的を持って出て行ったのか、それともオレのことが嫌で家を出てしまったのか……。 コクウにも言われたように、やっぱり何かやらかしただろうかと考え、真っ先に思い浮かんだのは、酒に酔ってゴローくんにふれてしまった時のことだ。 でも、それが原因なら、翌日すぐに出て行きそうな気がする。 あの翌日も普通に店を手伝ってくれたし、ひとりで買い物に出てちゃんと帰ってきた。 という事は、それより後に何かあった……? いや、別に何もないよな? むしろ、ノンちゃんが来てくれたお陰で、賑やかで楽しかったくらいだ。 考えても答えに辿り着けそうにない。それなら、考えるだけ無駄だ。そうは思うが、ひとりの車内ではつい考えてしまう。 入り組んだ海岸線を車で走りながら、海面に反射する光に目を細めた。 水平線には島が浮いて見える。 この美しい風景を、できることならゴローくんと一緒に楽しみたかった。 オレの大好きな紀行本に描かれた、あの白砂青松の残る街道も二人で歩いてみたかった。 本当だったら今頃、いにしえの風情を色濃く残す海岸で、波の音を聞きながらゴローくんにオレの気持ちを伝えているはずだったのに。 ゴローくんと一緒にいろんなところに行ってみたいって思ってたのに。 二人でいろんな経験をして、ゴローくんの好きな物や事を増やしてあげたいって思ってたのに。 まだゴローくんをヒトとしか思えず、飼う決心もつかないくせに、一緒にいたいという気持ちはどんどん膨らんでいく。 あの夜ゴローくんは、キスを拒んでいたのに、一度唇を合わせればうっとりとした目でオレを見つめ、次第に自ら唇を求め始めた……。 柔らかいけど張りのある唇、爽やかなのにどこか甘い香りのする首筋。 もっともっとゴローくんとキスしたかった。 肌の感触を思い返せば、ときめきがそのまま胸に蘇る。 絶対に思い込みなんかじゃない。 ゴローくんもオレに好意を持ってくれてていた。 控えめながら、オレにふれられるのは嫌じゃないと、むしろ嬉しいと言ってくれた。 やっぱりゴローくんがオレを嫌って出ていくはずない! と思うんだけどな……。 きっと、記憶が混濁して、今も街を彷徨っているんだ。 そうに違いないんだ……。 好きな相手を『飼う』ってことに抵抗はあるけど、キミとこのまま二度と会えないなんて絶対に嫌なんだ。 絶対ゴローくんを探し出す。 じゃないと……。 会いたくて、会いたくて……壊れてしまいそうだ。 だから……。 早く帰って来てよ。 ゴローくん……。

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